第16話 交流会の様子をお届けします! Bパート

 今日の交流会は大成功だった。


 あの握手会でMAOHさんが場を収めてくれたのが決め手だ。

 問題を起こしたファンはなんでも町の実力者の息子だそうで、これを機に心を入れ替え、勇者アマリリスも応援するそうだ。動画では伝わらないアマリリスの魅力に気づいてくれたのだとか。


「ふぅ…………」


 宿屋の湯船に浸かりながら、俺は首と肩の骨を鳴らす。


 握手会の後はレッドバジリスクの肉を使ったバーベキュー大会になった。

 意外とおいしいと町の人にも評判で、あの生息地に住むリザード族もしばらくは狩られる側に回る事だろう。


「へへっ」


 ひとりで笑ってしまう。


 コメントだけでは分からない、生身のファンに触れたのは初めてだった。


 彼ら全員、ハナの事が大好きなんだ。

 故郷の村ではパッとしないと言われていたハナの魅力に気づいてくれたんだ。

 そんな奇特な奴は俺だけだと思っていたのに。


 嬉しかった。


 勇者としてハナが認められて、本当に嬉しかった。


 アイツの笑顔は世界を救えるんだって、確信した日だった。


「もはや魔王を倒す日は近いかもしれない……! 魔王はすぐそこだ!」


 拳を握り、未来の栄光に想いを馳せる。


 今日の成功で、一気に魔王との距離が縮まった気がする。


「テンちゃん、いるの?」


 壁越しに聞こえる声。


「ハナか?」


 この宿屋には珍しく風呂が二部屋あり、男性用と女性用で別れている。

 隣の女性用の風呂にハナがいるようだ。


「今日はおつかれさま。ハナもゆっくり休んでくれ」


「テンちゃんはこれから編集のおしごと?」


「ああ。今までで一番楽しい動画が撮れたよ。これを編集して“勇通部”の本部に送らないと」


「いつもありがと。でも、無理しないでね。テンちゃんもたまには休んでね」


「ちゃんと休んでるよ」


「ウソだ」


 突如、ハナの語調が強くなる。


「テンちゃん毎日遅くまで魔法で動画編集してるの知ってるよ。下手すると寝ないで朝までやってる時もあるし。すごく疲れてるのに、次の日も私の動画撮ってくれて……“魔眼”って、もの凄く疲れるんでしょ?」


 疲れるとも。


 魔法の筆で眼球に魔法陣を描く魔法。その紋様で効果が変わる。

 目の前の対象を撮影する“カメラ”の機能をさらに複雑化して、美麗な動画を記憶、編集、そしてアップロードするための魔法陣がどれほどややこしいか。


 加えて脳で映像を処理しなければならないため、肉体の負担は恐ろしくかかる。


「本当なら、何人もの偉い魔導士さんがやってる作業、テンちゃんは全部ひとりでやってるんだもん。疲れて当然だよ」


「……それがなかなか疲れないんだわ」


「どうして?」


「ハナの動画をいじってる時が楽しいからだよ。楽しくてつい働き続けちまう」


 これは本当だ。

 ハナの映像を編集している時は頭が冴え渡って、いくらでも魔法が使えるんだ。


「テンちゃん……ずっと訊きたかったんだけど。どうしてそこまでしてくれるの? 私――テンちゃんに何も恩返しできてない」


「それは――」


 言葉にすれば、きっと簡単な理由だ。


 口に出してしまえば、あっさり伝えられる。


 でも――


 ハナは世界中に希望を振りまく勇者だ。

 対する俺は、ただの魔導士。


 釣り合いなんて取れるわけがない。


 だから俺にできる精一杯――ハナの笑顔を世界に届ける仕事を全うしたいんだ。


「ハナ。俺は、お前を――」


 いつもの言い訳をしようと口を開く。


「お前の事が――」


 今まで何度もついてきた嘘。

 なのに、今は何故か出てこない。


 勘弁してくれ。このままだと――

 本当の事を言ってしまう。


「ハナ、俺は」

「ハナちゃん? ねえ、ハナちゃん?」


 壁の向こうから聞こえる、ハナ以外の声。


「ちょっとハナちゃん、大丈夫!? 大変、テンジクさん、ハナちゃんが!」


「え、ユキ!?」


 いたのかよ!


                         *


 鼻血を出して倒れたハナをベッドに寝かせて、頭に氷嚢を置く。

 ……まったく、湯あたりするまで入浴していたなんて。


「半分は俺のせいか……」


「頭に血が上っちゃったんですよ」


 団扇で風を送りながら、ユキも苦笑している。


「ハナちゃん、テンジクさんの話をする時はいつもテンション高いですから」


「そうなのか」


 気絶したままのハナを見て、また不安が募る。

 世界中に信頼と安心を届けるはずの勇者だが、俺にも安心を届けて欲しい。


「ねぇ、テンジクさん。その……私、お邪魔じゃないですか?」


「……なんだ突然」


「テンジクさんはハナちゃんのために“勇通部”のスタッフになったんでしょう? 私なんかが一緒だと、その、困るんじゃないかと」


「いや、正直助かってる」


 このまま二人旅を続けていたら、逆に俺の精神が保たない。


「ユキの常識的な視点がなければ、今ごろ俺は発狂していたかもしれない」


「そんな大げさな……」


「とにかく、ハナにとっても俺にとってもユキは必要なんだ。マジで」


「そ、そういう事でしたら……」


「つーか、風呂に一緒に入ってたんなら言ってくれよ……俺、あのままだったら普通にハナに告白してたぞ」


「それは、別にいいじゃないですか。ハナちゃんが勝手に話しかけただけですし」


「けどさぁ、もうちょっとこう、気を遣ってくれよ! いつも察しがイイのに、なんでこういう時だけダンマリなんだよ!」


「それは……エヘヘ、私もちょっと聞いていたくて」


「ユキ、お前なぁ!」


 首を振って立ち上がろうとする。


 が、椅子から腰を上げた瞬間、猛烈な立ちくらみが襲いかかった。


「ぐっ……!」


 そうだよ、ハナが湯あたりを起こすくらいだ。


 疲れていた俺だって、それなりに――ううっ、頭が……!


「テンジクさん!?」


 倒れそうになる俺を支えてくれるユキ。

 自然と俺の身体をユキに預けた。


「わ、悪いユキ、俺もちょっと……頭が……」


「大丈夫ですか? テンジクさんも今日は休んでください」


 ユキに抱きしめられながら諭される。


「そうだな、今日はもう――」


 休もう、と言おうとした時だった。


 横を見ると、ベッドに横たわっているハナがいた。


 しっかりと目を開けて。


「……テンちゃん? ユキちゃん?」


 抱き合っている俺達を見て、ハナは口を開いたまま何も言わずに固まっていた。

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