第15話 交流会の様子をお届けします! Aパート
ここか……例のブリームヒルの町とやらは。
魔王城から出るのは久しぶりだ。
なにしろ毎日のように会議の連続だったからな。
面倒な仕事は部下に任せてきたので、魔王城から出ると逆に面倒になるのだ。
「魔王様~! せっかくですから、どこかで何か食べていきましょうよ!」
「おいデモーニア! 静かにしろ!」
なんで人間が多い町中で私の事を“魔王”なんて呼ぶんだ!
大騒ぎになるだろうが!
「なんのために私がこんな格好で人間どもの集落に来ていると思っているんだ! 魔王だとバレたら、勇者アマリリスチャンネルが台無しになるだろう!」
「す、すいませんッス……!」
そう、私達はお忍びで人間の町に来ている。
本来であれば簡単に滅ぼせる小さな集落だが、どうしてもやらねばならない事があるのだ。
「さて……祭りの会場はどこだ」
私は周囲を見回すが、人の気配がない。
まるで魔族が襲撃した時のような雰囲気だ。
生き延びようと逃亡し、もぬけのからになった人間の町。
いや――違う。
耳をそばだてると、どこか遠くで人間の声が聞こえる。
「魔王様、あっちッス!」
デモーニアが指をさした先、町の広場の方角。
そこから大勢の人間の声が聞こえる。
そちらへ向かうと――
「ゆー!」
「つー!」
「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
勇者アマリリスと勇者スノードロップの掛け声に、周囲の人間どもが合わせて大絶叫。
もちろん私も拳をあげて「ばぁぁぁ!」と叫んだ。
「ブリームヒルのみなさーん! 今日は集まってくれてありがとうございまーす! 勇者アマリリスと!」
「勇者スノードロップです! みなさん、楽しんでいってください!」
「ワァァァァァァァァァァァ!」
一〇〇人近い町の住民が熱狂している。
おそらくこの町に住むほぼ全ての人間どもではなかろうか。
「今日はみなさんと握手会のあとに、一緒にバーベキューをする予定です! その時の様子は動画に撮影して、あとでアップロードさせていただきます! 映るのがイヤだって人は事前に言ってくださいね!」
おお、壇上の上で笑っている、あれが勇者アマリリス……!
動画で観るよりも小柄だな。
その隣のスノードロップは……実物の方が色々と大きいな。
いや、どちらも可愛い。可愛いぞ。
「おっと」
その時、私にぶつかる愚かな人間が。
「あっ、すみません!」
あどけない顔の、黒髪の青年。
「気にするな。しかし注意しろ」
どうやら横を向いたまま歩いていたようだ。
まったく、どこに目をつけて歩いているのだが。
いや、待てよ?
この男――魔導士のマントを身につけている。
そのマントの内側にある布の服にワッペンがつけてある。
“勇通部”のスタッフの印ではないか。
「もしかして、撮影スタッフなのか? ……なのですか?」
「ええ、ちょっと遠くからアマリリスとファンの様子を撮影したくって。どこかいいポイントありますかね?」
「あ、すみません、私もこの町の住民ではないので……」
「旅人でしたか。それは失礼しました」
「い、いえ! ここで勇者アマリリスとの交流会があると聞いて、飛んできたんです!」
「えっ……!? あ……それは、あの、ご夫婦でわざわざありがとうございます!」
「い、いえ、夫婦というわけではなく……」
後ろでデモーニアがなぜか照れている。
お前も何か反論しろよ!
「遠いところからアマリリスのために来てくれるなんて……俺、本当に嬉しいです。アイツがここまで人気者になってくれて……! そうかぁ、そんなに……!」
このスタッフの若者、心から嬉しそうだ。
きっと初期からアマリリスのために働いていたのだろう。
“勇通部”にも仕事熱心な者がいるではないか。
「私もMARIRINの動画は初期からずっと追っています。まだ幼いのに本当に頑張っていますよね。だから応援しているんです」
「はい! アマリリスはいつも一生懸命で、皆さんに笑って欲しいって……! ですから、今日は存分に楽しんでいってください!」
勇者アマリリスもそうだが、このスタッフも良い笑顔をしている。
心から信じる者のために努力できる者の笑顔だ。
――まったく、忌々しい人間め!
「それでは撮影があるんで、失礼します」
頭を下げて走っていくスタッフの青年。
気のいい若者だ。できれば滅ぼしたくないものだ。
だが、私がここに来たのは――もちろん勇者アマリリスを終わらせるためである。
「では行くぞデモーニア。勇者アマリリスの近くへ」
「夫婦……ッスか」
「さっきから何をブツブツ言ってるんだ。いいから行くぞ」
「う、うッス!」
私はデモーニアを連れて人垣に近づく。
広場にテーブルが用意されており、そのテーブル越しに勇者達と握手をするようだ。その後、二言三言会話をして終わり――という流れらしい。
すでに行列ができており、出遅れた我々は最後尾に並ぶ。
人間どもの後ろに並んで順番を待たなくてはならないのは非常に屈辱だが、騒ぎを起こしてはならないのだ。
全ては我が計画のためだ――
「む?」
行列の先頭で何か騒ぎが起きている。
顔だけ列から出して前を見ると、どうやら誰かがケンカをしているようだ。
「おいテメェ! 話が長いんだよ! ROPちゃん困ってんだろうが!」
「う、う、うう、うるさい! ボクは昔からROPちゃんのファンだったんだ! それがこんなバカな女と一緒に旅だなんて許されないんだ!」
「おい、やめろよ! みんな困ってんだろ!」
「ROPちゃん! ボクだけのROPちゃん! またあの時みたいな格好しておくれよ! それだけが生きがいだったんだよ! アマリリスなんてクズ女捨ててまたソロでやってよ!」
「んだとテメェ! アマリリスをクズだと!?」
どうやらスノードロップの昔のファンのようだが……。
アマリリスをディスったせいで周りのアマリリスファンと抗争になっている。
「デモーニア、私の代わりに並んでおいてくれ」
「え、あの、どちらに?」
「ちょっと止めてくる」
私は列から出ると、騒ぎの中心に向かって歩き出す。
先ほどの撮影スタッフも駆け寄っているが、それより私の方が近い。
「おい」
私は暴れている小太りの青年の腕を掴む。
「いたたっ! な、なんだよ!? 暴力かよ!?」
「暴力が嫌いか? ならば貴様が喋っているその言葉は暴力ではないというのか? その言葉の刃で、誰が一番傷つくか考えろ」
「そ、それは……」
「スノードロップの昔からのファンだと言っていたな? 彼女は貴様がアマリリスを悪し様に罵るのを聞いて喜ぶような勇者なのか? そんなゲスな勇者のファンだというのか?」
「ち、違う! ボクは知ってるんだ! スノードロップは清純で、とても優しくて……」
青年の身体から力が抜ける。
「…………優しくて……アマリリスと本当に楽しそうにしてて……」
膝をつき、がっくりとうなだれる青年。
「ごめんなさい……ボクは……!」
「落ち着きましたか?」
そんな青年に語りかけるのは、スノードロップ本人。
テーブルを超えて彼の肩に手を置く。
「私は今とても幸せに勇者として戦えています。どうか私とアマリリスちゃんをこれからも応援してください。一緒に世界を救いましょう」
「ROPちゃん……! ごめんなさい…………ボク……!」
泣き出す青年と、それを慰めるスノードロップに拍手が起きる。
うむ、無事に収まって良かった。
「あ、あのっ!」
再び並び直そうとした私を呼び止める声。
――勇者アマリリスだった。
「ありがとうございます! この場を収めてくださって!」
「いや、せっかくの握手会を中止にされては困るのです」
「とても紳士的な方なんですね! 平和的に場を収めてくれるなんて! きっとあなたは平和の使者なんですね!」
「い、いえ、そんな……! そ、それより、その服……」
よく見れば、アマリリスが着ている服。
これは私が送った呪いの服――と同じデザインではないか。
「あ、これですか? 熱心な視聴者さんから送ってもらったものを改良したんです。可愛いですよね! お気に入りなんです!」
「私、以前から動画で応援しています“MAOH”といいます」
「え……あのMAOHさんですか!? この服の!? うわぁ! 一度お会いしたかったんですよ! いつもいつもありがとうございます!」
自然にアマリリスの手が伸び、私の手を握る。
本物の勇者の手は温かく、そしてスベスベしていた。
「これからもがんばってください。次の動画も楽しみにしてます」
私はアマリリスから手を離すと、手を振ってその場を去った。
図らずも順番を飛ばして握手してしまった。後ろの者たちに失礼だ。
だが、勇者アマリリスと握手をするという、当初の目的は達した。
列から離れて、広場を後にする。
「魔王様!」
すぐに背後からデモーニアが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ッスか……? 手、見せてください」
デモーニアが私の腕を引っ張る。
露わになった私の手は、激しく焼け爛れていた。
精霊の加護を持った手に触れたせいだ。
魔族にとって勇者の手は酸の塊に近い。
「こんなになって……すぐ治療しますから」
「良い。この痛みよりも大きな収穫があったからな」
勇者の手――
触れる事で、私は勇者の魔力を理解した。
魔力に含まれる彼女の情報を調べる事で、新たな作戦が実行できる。
他の者に任せても良いが、逆に面倒だ。
見た風景を口頭で教えられるより、自分で実際に見た方が早いのと同じだ。
「これで……私はMARIRINの肉体の全てを手に入れたも同然だ」
だが、奴を奴たらしめるものは“その他の全て”だ。
魔力、魅力、そして再生数による加護――
それらを奪わなければ、勇者は滅ぼせない。
「ククク……」
待っていろ、アマリリスよ。
いや――視聴者よ。
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