第12話 魔物退治の裏技、お教えします! Bパート

「テンちゃーん! おーい! やったよ!」


 本日の撮影を終え、俺は地面に転がるレッドバジリスクを眺める。


 もともと生存能力に長けている代わりに個体数は少ない種族だ。これでしばらく近隣の村が襲われる事はないだろう。


「おつかれハナ、ユキ。帰り支度をするから、少し休んでてくれ」


「わかった! ユキちゃん、あっちでごはん食べよう!」

「うん!」


 ハナとユキもすっかり仲良しだ。いや、最初から仲は良かったが、今では古くからの大親友みたいな間柄になっている。

 人見知りの激しいハナにしては珍しい事だ。

 ユキにしてもそうだ。あそこまで打ち解けるとは――


 いや、別に嫉妬なんかしていないぞ。


 俺は仕事でハナに同行しているわけで、ハナが可愛い姿をカメラに納められればそれで構わないんだ。うん、そういう事にしておこう。


「あーーーーーっ!」


 大きな悲鳴に俺はすぐに立ち上がる。


 荷物を放って全力でハナの方まで駆け出す。


「どうしたハナ!?」


「テ、テンちゃん…………!」


 涙目のハナが持っているのは、荷物を詰めたカバン。


 それがぐっしょりと濡れてしまっているではないか。


「ご、ごめんなさい、私が大量の水を持ってきたせいで……」


 ユキのせいではない。

 見たところ、カバンは外部からの攻撃で破壊されている。


 俺達がレッドバジリスクの討伐を撮影している時、他の個体が置いておいたカバンを壊したのだろう。


 勇者は荷物を持って戦えないし、俺も撮影中は勇者から目が離せない。

 俺達の視界の外で何かされたら、基本的に対処できないのだ。


「すまない、俺のせいだ! ちゃんと気をつけていれば……!」


「ううんテンちゃん、私が悪い!」


「いいえ、私のせいです!」


 三人で謝っている姿かなんだか滑稽だ。


「……こうしていてもしょうがない。無事な荷物は?」


「ほとんどの品物は無事です。食べられないからでしょう」


 エサがあると思われたのか――ん、という事は。


「今日のお弁当と、明日からの食材が……水に濡れたり持っていかれたりして、ほぼ全滅だよぅ……ううう、私のごはんがぁ……!」


 なんてこった。


 今から一番近い村まで戻るとなると、日が暮れてしまう。


 俺はガマンできるが、勇者達は――

 なんたって、さっきまで命を賭けて魔物と戦っていたんだ。

 ハラが減っているに決まっている。


「無事なのは調味料――主に香辛料ですね。動物が嫌う匂いでしょうから」


「てことは、食材があれば調理はできるな」


 俺は周囲を見る。


 確認するまでもなく、荒れた山岳地帯。野菜どころか虫一匹いない。

 あ、あそこに草が生えてる。あれは……うーん、いけるか?


「あっ、テンちゃん! これなんてどうかな!?」


「ん?」


 嬉しそうにハナが引きずってきたそれは――


 真っ赤な鱗を持つリザード族。


「レッドバジリスク……」


「ハナちゃん、レッドバジリスク食べた事ある?」


「テンちゃんもユキちゃんも食べた事ないの?」


「食べた事なくて当たり前だろ! そもそも殺した事のある奴だって滅多にいないんだぞ! ユキの裏技がなかったら、ハナだって普通に倒せたかどうか!」


 そんなレアな魔物を食べようっていうのか!?


「ていうかユキ、そもそもこの裏技は誰に聞いたんだ?」


「おばあちゃんが知ってたんです」


 何者だよユキのおばあちゃん……。


「そのおばあちゃん、レッドバジリスクの調理方法とか知らねーかな……」


「なにげにテンジクさんも“食べる選択肢”を普通に選んでますね……」


「は? 何言ってるんだユキ」


 俺はトカゲの死体を見て、はっきりと告げる。


「食べるのはお前らだぞ」


                         *


「ゆー……! つー……!」

「ばー……!」

「えー……と、いうわけで、お送りいたします勇者アマリリスチャンネル……すいません、テンションが低くてごめんなさい……ちょっと理由がありまして……」


 俺の“魔眼”の視界に入っているのは、ハナとユキ、そしてレッドバジリスクの死体。


 死体は俺が丁寧に洗浄しておいた。


「今日は料理をしてみたいと思います。その、この、トカゲさんを……」

「はい……えっと、ゲテモノ料理だと思うんですけど……前回の裏技でレッドバジリスクの倒し方を説明したので、次は調理法をと……」


 めちゃくちゃテンションの低い二人。


 いや、これも大事な動画なんだ。

 これからレッドバジリスクを討伐する勇者や狩人が増えるだろう。

 その時、俺達のように食糧不足に陥った時のために動画を作っておけば、命が救われるかもしれない。


 これも勇者の人助けの一環なんだ――そう説得するのに一時間かかった。


「でも、ちょうど良かったよ。いつも魔物討伐する時、剣とか槍とかレビューするでしょ? いつも有名な職人さんが作ってくれてるんだけど、それだけじゃなくて、冒険に役立つツールとかも送ってもらえるんだ」

「あ、じゃあその包丁とかお鍋も?」

「そう、カリンツ王国で有名な職人さんが作る“魔法の包丁”と、エルフの里で使われてる“妖精の鍋”の出番が来たんだよ!」


 “勇通部”で名前が売れるようになってから、次々に宣伝して欲しい道具が送られてきた。実際、役に立つものばかりだ。


 まるで乞食のようだ、と嘲るコメントもあったさ。


 だけどしょうがないだろう、旅立つ前に王様がくれたの、たった一〇〇ガッツとひのきのぼうだけなんだぞ!?

 城壁の外に出たら、勇者だろうが簡単に死ぬっつーの!


 まぁ、そういうわけで、色んな人の援助と引き替えに宣伝をせざるを得ないんだ。


「じゃあ……さっそく、レッドバジリスクの調理するね。えっと、まずは皮を剥ぐんだけど、めちゃくちゃ硬いんだっけ」

「ねぇMARIRIN、お水をかけて、おなかの方から切ってみない? あ、いけるいける、すごいこの包丁、紙みたいに切れるよ!」


 ユキがトカゲの腹に刃を入れると、スーッと通る。

 皮を剥ぎ、内臓を取り出して、骨も取り除く。


 人間ほどの大きさがあったレッドバジリスクも、解体してしまえば三人で食べるのにちょうどいいサイズの肉塊になった。


「じゃあ、これを……煮込んでみようか……」

「う、うん……」


 正直、ゲテモノ料理の動画はそれほどウケると思っていない。

 だがきちんとした調理法を探して共有するのは勇者の仕事。


 やがてダシがとれたトカゲ鍋だが――


「あれっ?」


 鍋のスープを少しだけ舐めたハナが目を丸くする。


「……おいしい。え、これおいしいよROPちゃん!」

「うそ、本当に? あ、おいしい!」

「なんだろ、鳥のスープみたいな味!」

「うん、リザード族は鳥みたいな味っておばあちゃんが言ってたけど、レッドバジリスクもそういう味なんだね!」


 だから何者だよユキのおばあちゃん!


 しかし、少し目論見が外れた。

 マズいものを食べて絶叫しているユキとハナの方が面白かったのだが。

 ワンパターンになってしまう。


 ――ま、いいか。


 しかめっ面より、うまいモン食べて笑ってる方がいいよな。

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