第10話 商品レビューしてみた! Bパート
「おいし~い! おいしいね、スノードロップちゃん!」
「うん、おいしい! この肉サンド!」
俺の“魔眼”の前でサンドイッチを頬張る女の子二人。
スノードロップがあんなに嬉しそうな顔をしているの、初めて見たな。
動画を撮る直前までビクビク怯えていたのに。
これで良かったんだ。
「あ、タレついてるよ! ほら!」
「アマリリスさんだって。フフフ……!」
“勇通部”の本部には俺が連絡しておいた。
エルドラド達については、早急に回収班がやってくるはずだ。
問題はスノードロップだが……彼女には二つの選択肢がある。
勇者として再び旅に出るか、あるいは勇者を辞めて故郷に帰るか。
しかし、彼女は旅に出たいと言った。
「――なので、これからファッションショーです! フォスの町の服飾技術、しっかり覚えていってくださいね!」
服を抱えて立ち上がるハナ。
手を引かれてスノードロップも立つ。
「ハナ、スノードロップさん、一度カメラ止めるぞ」
「うん、さあテンちゃん、男子は出てって出てって」
「へいへい」
俺は“魔眼”を停止させて部屋の外に出る。
お着替えシーンはさすがに撮影できない。
――だが、スノードロップはどうだったんだろう。
エルドラド達に、やっぱりそういうシーンも撮影されていたんじゃないのか。
望まぬ服を着て辱められて――それでも勇者として旅を続けていたんだ。
「うわー、スノードロップちゃん、とっても綺麗な肌!」
「そ、そうですか……?」
「小麦色の肌って言うの? だったらこっちの服が似合うかも!」
宿屋の廊下で待ちながら、二人の会話を聞く。
別に耳をそばだてているわけではないが、壁を背にしていると聞こえてしまうのだ。
「やっぱり私のブラウスじゃ小さかったね。それじゃこっちのブラウスと、あとこのスカートを合わせると……あれ、どうしたの?」
「…………」
「スノードロップちゃん?」
「…………ありがとう……私に服を着せてくれて…………」
「うん」
「ありがとう…………アマリリスさん……!」
「ハナでいいよ」
「ハナちゃぁん……! ううう…………!」
「これから、いっぱい色んな服着ようね。美人さんだからきっと似合うよ」
「うん……うん…………」
やっぱりハナは凄い奴だ。
誰かを助けるのが勇者の仕事だとしたら、ハナ以上の勇者を俺は知らない。
俺がどれだけ魔法を学んでも得られないものを、ハナは生まれつき持っている。
*
無事に撮影を終え、俺もようやく名物の肉サンドにありつける。
ベッドで大の字になってグースカ寝ているハナを横目に、遅めの夕食。
日付が変わろうとしている時刻だが、まだ俺には仕事が残っているのだ。
脳内にある魔力領域に記憶された映像を編集し、“勇通部”の本部に送る。
そこの大晶石に動画を取り込む事を、魔法業界では“アップロード”と呼ぶのだ。
うん、この肉サンドにはさっぱりしたお茶が合うな。これもフォスの名物か。
今日は魔法をよく使ったので、疲れた身体に効く味だ――
「ん?」
ノックの音に顔を上げる。
「あの……よろしいですか、テンジクさん」
「ああ、スノードロップさん。どうしたの?」
撮影時のブラウスが気に入ったのか、彼女はまだそれを着ていた。
「いえ、その……テンジクさんにもお礼を言いたくて」
「俺に? 俺は何もしていないだろ」
「そ、そんなこと、ないです」
俺は苦笑して、スノードロップに椅子を勧める。
ついでにお茶のおかわりが飲みたかったので、彼女の分も一緒に淹れた。
「その、改めてお願いに来ました。テンジクさん、私も魔王を倒す旅に連れて行ってもらえませんか」
「前も言ったけど、行くあてがないなら構わないさ」
「いいえ、行くあてはあります。勇者として、あなた達と一緒に、魔王を倒す旅に出たいんです!」
まっすぐに俺の目を見るスノードロップ。
おどおどしていた彼女はどこにもいない。
勇者としての力を持った、ひとりの少女。
「私を助けてくれたテンジクさんとハナちゃんに恩返しをしたい、というのもあります。ですが、やっぱり私は勇者として世界の人に動画を届けたいんです。それで人々に心の平穏が訪れるなら、なんでもするつもりでした」
「なんでも……」
「……最初は、そう思っていました。再生数が伸びるということは、人々が安心しているんだろうって。それが勇者の仕事なんだって、自分に言い聞かせて」
「ハッキリ言うが、それは間違ってる」
「……そう、思わないように心を閉ざしていました。だけどあなたとハナちゃんは、その心をこじ開けてくれました。だから……私、もう一度勇者としてやってみたくて」
「そっか」
ハナとよく似ている。
引っ込み思案で内向的だと思いきや、勇者の事になると途端にやる気を出す。
誰かを助けたいという意志を優先させる、献身的な子達。
その心につけこむような奴らは、永遠に凍結されてしまえばいい。
「俺は本当に何もしていないよ。君の辛さに気づいたのも、ハナが先だ。俺はハナの手伝いをしただけだ」
「似たような事を、ハナちゃんも言ってました。『私は感情の赴くままに行動しただけ、いつもフォローはテンちゃんがやってくれる』って」
「あいつ……!」
「とってもいいコンビですね。だから、私も混ざりたいと思ったんでしょうか」
「ハナはいつもそうなんだ。勇者の力がなかった頃から、誰かが困っているのを見ると後先考えずに飛び出して――俺はいつもそんなハナを支えてた。あいつが勇者になっても、それは変わらない」
「ハナちゃんを守るために、テンジクさんは強くなったんですか?」
「ああ、“勇通部”でハナの凄さを伝えたくて、俺は魔法学校で修行してきた」
「でも……今となってはハナちゃんより強いですよね、テンジクさん」
「……それがどうしたんだ?」
「あ、いえ、その、精霊の加護を受けた勇者より魔力量が多い人、初めて見たものですから……それに魔法技術や、おそらく武器の扱いも」
「ああ、うん、多分まだ俺の方が強いな。でも、その方が守りやすいだろ?」
「テンジクさんは、その、“自分が勇者だったら”って思わないんですか?」
「ないない」
何を言い出すのかと思えば、この少女は。
「俺にはハナのような優しい笑顔はできない。ハナみたいに、そこにいるだけで周りが明るくなるような雰囲気は出せない。それはスノードロップさんだって同じだ。俺がどれだけ強くなろうとも、二人のような才能は持てない」
「…………」
「だからこそ、俺はハナの動画を届けたい。ハナの笑顔は世界一なんだって、全ての人に伝えたいんだ。ハナこそが真の勇者だって、声を大にして叫びたいくらいだ!」
「あ、あの、テンジクさん、ハナちゃんが起きちゃいます……!」
「あ、あ、あ、ご、ごめん、俺、ハナの事になると、つい――」
何を言ってるんだ俺は。
今まで誰かにこんな話をした事なかったのに。
「……うん、やっぱり似てるんだ、ハナとスノードロップさん。そばにいると安心するっていうか――それが勇者の素質なんだよ、きっと」
だから、きっと彼女も凄い勇者になれるはずだ。
「って事で、これからもよろしくな、スノードロップさん」
「私、“ユキ”っていいます」
「ああ、よろしくユキ」
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