第8話 コラボ動画で遊んでみた! Bパート

 本当に――これでいいのか?


『今日はなんと! この町で出会った勇者仲間のスノードロップちゃんと一緒です! コラボ企画ですよ!』

『は、初めまして……あの、スノードロップです。よろしくお願いしますっ!』


 いつものチュニックを着たアマリリスの隣に、誰が見ても痴女だと思う格好をしているスノードロップ。


 こう言ってはアレだが、とりわけ性に奔放なわけでもない、純朴な子――だとは思う。


 そんな子があんな格好で全世界の人間に動画を配信しているのか……。


 本人はどう思っているのだろうか。


『このフォスの町は、住民の皆さんとっても元気で優しい人ばかりで、宿も綺麗だし、旅行に最適だと思います! ね、スノードロップさん!』

『は、はい、あの、とってもいい所だと思います』


 ハナはそんなスノードロップに気を遣っているのがありありと分かる。


 撮影のために“魔眼”を使っているので背後は見えないが、スノードロップのスタッフ達はニヤニヤ笑いながら雑談している。


 このスタッフ全員“勇通部”の魔導士だ。いわば魔導士の中でもエリート揃いのはずなのに、どうして彼女の事を止めないんだ?


「いやー、さすがですねテンジクさん。たったひとりでアマリリスさんと旅をしてるなんて。もうこっちは五人がかりでようやくまともな動画撮影って感じですよ」


 エルドラドというスタッフが背後から話しかける。


「静かにしてくれ。雑音が入る」


「またまた。分かってますって、今は勇者以外の声が入らないように調節してるんでしょ? そのノイズキャンセルの魔法も今度教えてくださいよ」


「うるせぇな……!」


「ちょっ、なに怒ってるんですか? それはともかく、テンジクさんが羨ましいですよ。あんなに可愛い勇者と二人旅だなんて」


「……スノードロップさんも可愛いよ」


「いやぁ、アハハ……昔はなかなか再生数が伸びなくて。でも、ちょっと“方針”を変えたら少しずつ伸びてきたんですよ」


 なんだそれは。


 つまり露出度を高めたのはお前らの提案ってわけか?


「なぁ、それ、スノードロップさんも納得してるのか?」


「もちろんですよ! 俺達の“説得”が効いたみたいで! どうスか、テンジクさんもアマリリスさんにああいうの着せてみては? テンジクさんならイケるでしょ?」


 こいつら――


『あっ、見て見て! 綺麗な服も売ってる!』

『は、はい、綺麗……ですね』

『スノードロップさん、もうちょっと奥まで行ってみよう!』


 俺の心配をよそに、ハナはスノードロップの手を握って歩きだす。


「…………?」


 かと思うと、急に足を止めた。

 さらに――


 俺を見るハナ。


 その目は、明らかに「助けて」と言っている。


「ハナ」


 俺は彼女に頷き、彼女に全てを任せる。


『え、えっとぉ、買い物シーンは長くなるから、カットしますね! 次回は買ったものをひとつずつレビューしていきたいと思います! 今日は短いですけど、このへんで!』


 チャンネル登録の勧誘もなく、ハナは動画を終わらせた。


 同時に俺も“魔眼”を止める。


 ――もっと早くそうすべきだったんだ。


「……大丈夫。大丈夫だからね」


 ハナはスノードロップの身体をそっと抱きしめる。


 手を繋いだ瞬間、ハナは気づいてしまったのだ。


「ずっと震えてたよね。嫌だったよね、そんな格好。気づいてあげられなくてごめんね」


 目に涙を浮かべるハナ。


「……すまない」


 ――俺はバカだ。


 撮影する前から、そんなのわかりきっていたじゃないか。


 もしかしたら本人の意向でやっているのかもしれない――

 なんて言い訳を心の中でしていたんだ。


そんなの、見て見ぬフリと何も変わらない。


「ちょっとぉ、どうしたの? 撮影もう止めちゃうんですか? コラボ企画なんだから、もっと長めに――」


「コラボはもう終わりだ。ハナ、スノードロップさんを頼む」


「うん」


 ハナはきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、いきなり自分のチュニックを脱いでスノードロップに着せたではないか。


「って、おいハナ!」


「いいの!」


 何がいいんだ。


 ――いや、ハナにとってはこれでいいのか。


 自分が下着姿になろうとも、スノードロップにこれ以上恥ずかしい格好はさせられないってわけだ。


「ちょっと……テンジクさん、どういうつもりですか? ウチらの動画も台無しにするつもりですか?」


 眉間に皺を寄せるエルドラド。

 他の四人の撮影スタッフも集まってくる。


 止めたのはハナだ。


 だが、彼女に怒りの矛先は向けさせない。


「台無し? クソみたいな動画を止めてやったんだ、逆に感謝しろよ。お前らみたいなセンスのない奴らの動画、どうあがいても俺らには勝てねーんだよ」


「んだと……?」


「エロい動画で再生数を稼いだところで、魔王なんか倒せるわけねーだろ。勇者の意味すら分からないくせに“勇通部”やってんじゃねぇよ! 今すぐ故郷に帰れクズ共!」


 俺の恫喝に、エルドラドをはじめとするスタッフ達が両手を前に出した。


 彼らの周囲の空間に浮き出る魔法陣。


 それは魔導士が魔法を撃つ直前の合図。

 剣士で言うところの、剣を抜くのと同義だ。


「ブッ殺してやる!」


 エルドラドが笑いながら魔法陣を展開させる。


 自信があるのだろう。そりゃそうだ、“勇通部”のスタッフは最高峰の魔導士だ。

 それが五人も集まれば、ただの小僧なんか一瞬で存在消滅させられる。


 そう、思っているんだろう。


「――こっちもブッ殺してやりたいのは山々だがな、あいにくハナに嫌われるようなマネはしたくないんだ」


 俺は“魔眼”を発動させ、エルドラド達を“視る”。


 視界に映る景色――五人の敵、そしてフォスの町。遠くの空。


 その景色に少しだけ“細工”をする。


 五人の魔道士の顔面に――そうだな、この町はパイが有名だって話だから、アツアツのパイを“描き加えて”――


「な――アッ! アッツァ! 熱い! 熱い!」

「なんだこれ! パイか!? アツアツのパイが!」

「なんで!? いきなりパイが! アツァァァ!」


 悶絶し、倒れる五人。


 学校では教えてくれなかった“魔眼”の使い道――ハナの動画を編集するために研究した、“世界を編集する力”だ。


「な……なんだよ……その魔法…………聞いた事ねぇぞ……!」


 顔面のパイをなんとか剥がしたはいいが、火傷でエルドラドの顔は真っ赤だ。


「クオリティの高い動画のために必要だったんだ」


 録画した動画を編集するより、世界そのものを歪めて撮影した方が楽な場合もある。


「こ……殺す…………殺してやる……!」


 それでも立ち上がるエルドラドの剛胆さには恐れ入る。


 だが――


「おい、あれは何だ?」

「光が……天に…………!」


 俺達のケンカを遠巻きに見ていた町の人々が、空を指さしている。


 なんだ? 空に……誰か……。


 人!?


 えっ、マジで?

 なんか空に巨大な女の人が映し出されてるんだけど。


 え、なに、どうなってるの?


「あ……精霊様!」


 ハナもスノードロップも同じ言葉を叫んでいる。


 あれが……勇者に力を与えるという、精霊……!


『勇者の力を悪しき目的のために使う者よ――その存在は世界のためにふさわしくありません。よって“凍結”します』


 精霊の目が光る。


「あ…………!」


 振り向くと、エルドラド達が凍っていた。


 まるで氷の棺に閉じ込められたように――全身が氷漬けになっている。


 これが噂に聞く“凍結”――勇者の力を不正に使った者に対するペナルティ。


 待てよ、じゃあスノードロップは!?


「あ……わ、私…………」


 よかった。怯えてはいるが、ハナに抱きしめられたまま。


 そんな二人を見て、精霊はウンウンと頷き、やがて空と同化するように消えた。

 杓子定規で何もかも凍結するのではなく、ちゃんと事情も理解してくれているらしい。


 あとに残されたのは、氷漬けの“勇通部”スタッフと――


「もう大丈夫。大丈夫だから――ぶえっくしっ!」

「うっ……ううう…………!」


 この世で誰よりも勇敢な少女達。

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