第2話 魔物討伐、やってみた! Bパート
うん、今日も絶好の撮影日和だな!
「ねぇ、テンちゃん! なんでこんな格好しなきゃいけないのぉ!? また騙した! そーやっていつもテンちゃん騙すんだからぁ!」
マグマの海を背景に立っているのは、幼馴染みの勇者。特注のビキニアーマーはサイズピッタリで、しかも一般の水着よりも表面積が小さい。
この鎧を作った鍛冶職人は遠く離れた地方に住んでいるはずだが、このギリギリを攻めたサイズ調整――プロの仕事だな。
「テンちゃん、聞いてるの!?」
「ああごめん、聞いてるよハナ。それでな、今日の撮影はこのマグマの海を背景に撮りたいんだけど――」
「聞いてないよ! なんで私こんな水着みたいな格好で戦わなきゃいけないの!? しかもそれ撮影して、世界中の人に見せなきゃいけないんでしょ!? やだよぉ!」
拳を握って抗議するハナだが、ここまで来てやめるわけにもいかない。
「仕方ないだろ、“勇通部”の仕事なんだから。お前が勇者としてがんばってる姿を、世界中の人に届けなきゃならないんだ。それを見た人が安心できるように」
魔王を倒すために旅立つ勇者。その活躍をほとんどの人は知らない。
しかし魔族の脅威は世界中どこにでもある。そんな時、人はこう思う――「勇者って、いまどこで何やってんの?」と。
そんな勇者の活躍をカメラに納め、魔法通信によって世界中に届ける“勇者通信倶楽部”――通称“
俺は国から仕事を依頼された、正式な“勇通部”のスタッフなのだ。
「そもそも、なんで私“アマリリス”なの? なに勇者ネームって?」
「本名がバレると困る事が多いんだ。変なファンに突撃されたり、呪いをかけられたりするからな」
「勇者なんて、もうそれ自体が呪いみたいなもんだよ……私、人前に出るの好きじゃないのに。テンちゃんと一緒じゃなかったら、絶対に旅なんて出なかったもん」
「昔っから人見知りだったもんなぁ、ハナ」
「それに私、ブサイクでしょ? スタイルだって良くないのに、こんな水着みたいな鎧……恥ずかしすぎて、お嫁に行けないよ」
「……いや、そんな事は……むしろ適度にムチムチしてて、俺的には……」
俺のフォローの仕方がまずかったのか、ハナは涙目だ。
いかん、このままだと本当に撮影を嫌がってしまう。
「あー……聞いてくれハナ。お前は今までの動画で、とても頑張ってる。たくさん魔物を倒して、たくさんの人を救った。きっとその努力は視聴者にも届いてる」
「……そうかな。そうだといいんだけど」
「けど、視聴者っていうのは飽きるものだ。いつまでも同じ戦い方じゃ再生数を稼げない。そこで、たまには違った趣向で魅せるのも重要なんだ」
「本当にそうしなきゃ、みんな見てくれないの……?」
「あとな、その鎧と盾は、ミッズガルで有名な鍛冶職人がお前のために作ってくれた魔法の品だ。サイズから何までお前用にカスタマイズされた逸品だぞ」
「うー…………」
「どのみち、ここにいる魔物は倒さないといけないんだから。麓の温泉街が困ってるっていうから助けたいって言い出したのはお前だろ?」
「そ、そうだね……言い出しっぺは私だもんね……」
「これが終わったら、宿で温泉入ろうぜ。ああ、それから麓の町は山菜とイノシシ料理が名物って聞いたな」
「山菜……イノシシ料理…………」
下を向くハナ。
「ねぇ、テンちゃん」
「お、おお?」
「大盛りでもいい?」
「大盛りだろうがおかわりだろうが、デザート付きだろうが構わんっ!」
なんにせよ、やる気が復活して助かった。嫌がるままハナを撮影するわけにはいかなかったからな。
――本当は俺だって嫌なんだぞ。
幼馴染みのこんな姿、他の奴になんか見せたくねーよ!
お前の良さを知ってるのは世界中で俺だけでいいんだよ!
なんて素直に言えたら苦労はしないんだけど……な。
「……なぁ、そろそろいいか?」
押し問答している俺達の横で待機してくれている炎の魔人。
「あ、すいません、もう大丈夫です。この位置から戦いを撮影したいんですけど」
「本当にこの場所なら我の顔も映るのだな?」
腕を組んで訝しげな顔の魔人。
「大丈夫です、二人がちゃんと画面に入るように俺が調整しますんで」
俺は眉間を押さえて“魔眼”の準備をする。
見たものを全て記録し、必要に応じて改変して“勇通部”の本部に送る魔法――
俺の目はハナの活躍を余すところなく記録する。勇者アマリリス、通称MARIRINの活躍を世界中の人に届けるため。
「じゃあ、お待たせしました! 撮影を始めますんで、好きなタイミングでどうぞ!」
「はいっ、いきますっ!」
俺が合図をすると、ハナは剣と盾を構える。
そこに泣き虫だった少女はもういない。
鍛え抜かれた剣技と、弱者を助ける正義の心を持った勇者がいた。
*
「おつかれ、ハナ」
「おつかれテンちゃん! 撮影ありがとね」
戦いと撮影を終えると、俺はハナとハイタッチする。
途中、何度かヒヤヒヤする場面はあったものの、さすがは勇者、その剣技はどんな魔物だろうと倒してしまう。
「魔人さんもおつかれさまでした」
「……うむ」
俺は倒れ伏した炎の魔人に語りかける。
すでに彼の半身は光の粒子になって散らばり始めている。
「さすがは勇者――その名に恥じぬ、善き戦いであった」
倒されたというのに、満足そうな魔人。
「あなたの事、バッチリ撮っておきましたから」
「そうか、それはありがたい……我が戦いを見ている魔族もいるのだろう?」
「はい、アクセス解析によると、魔王城付近で俺達のチャンネルを登録している方が複数いたので。きっと魔人さんの活躍を見ている魔族がいます」
「ならば、我の事を魔王様に報告してくれる者も現れよう。さすれば、次に転生する時はもっと強い種族にしてもらえるに違いない」
魔族の死生観はそういうものらしい。魂にランクがあって、そのランクに応じた肉体を用意してもらえるとか――
なので“勇通部”のような動画配信は俺達のような勇者だけではなく、魔族側も利用している。似たような魔術ネットワークはどこにでもあるものだ。
「最後に……ひとつ良いか……?」
消えかかった炎の魔人が尋ねる。
「勇者の……その鎧…………見目麗しいが、強力な魔法がかけられているな」
「ど、どうも……」
肉付きの良い身体に触れながら照れるハナ。
「……それは分かる……が……お前はなんだ?」
「え、俺?」
「……ここはマグマの海…………普通の人間ならば、焦げて死ぬ……テンジクといったか……お前はなぜ生きている?」
「そりゃあ、いい映像を撮るために我慢したからな!」
「我慢……」
「おう!」
「我らが激しく戦っている時も……巻き添えにならず……近くでずっと撮影していたな……まったくブレずに…………」
「避けたからな!」
「……そうか…………まぁ……よかろう……」
それで納得するのか。
「では、また会おう勇者よ。魔王様に栄光あれ――」
そう言い残すと、炎の魔人は塵になって消えた。
魔人が消えると同時に、少しだけ涼しくなった。炎の魔人そのものがマグマを活性化させていたようだ。この分だと、麓の町も少しは温度が下がっているだろう。
「あー……疲れた疲れた! 終わったね、テンちゃん」
汗を拭い、振り返るハナ。
カメラが回っていない時のハナは、引っ込み思案で甘えん坊で――
「さ、帰ってお風呂はいろ! そのあとは、イノシシ料理~♪」
だらしない笑顔が似合う、普通の女の子。
「ああ。また次回も頼むぜ」
世界中を魅了する、“勇通部”のMARIRINこと、勇者アマリリス。
その美しい微笑みは全ての人を熱狂させ、安心させる。
だけど――
「うんっ、次もがんばろうね、テンちゃん!」
この笑顔だけは俺のものだ。
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