異世界ゆーつーぶ! ~魔王も観ている話題の勇者~

田口 仙年堂

第1話 魔物討伐、やってみた! Aパート

『ゆーゆー! 勇者アマリリスチャンネルをご覧の皆様、こんにちはー! MARIRINマリリンこと、アマリリスでーす! 今日はですね、見てくださいこのマグマの谷! ここで魔物討伐をしてみたいと思います!』


 今日も配信が始まった。


 水晶板に大きく映し出されるのは、可愛らしい少女。


 これはまた――一段と扇情的な格好ではないか。最近、女性の勇者達の間で流行っているという、そう、“ビキニアーマー”というやつか。


『いやー、暑いですねー! ほら、腕も肩も汗びっしょり! この魔法の鎧がなかったら全身黒焦げなんですけどね!』


 見たところ、確かにあの鎧には魔法がかかっている。だが視聴者の注目は鎧でも腕でも肩でもない。


 楽しそうに走り回る勇者アマリリス。彼女が動くたびに揺れる巨乳に釘付けだ。いや、普段は揺れる長い髪や愛らしい笑顔に注目しているが、今日は別格だ。


『火山の麓にあるゴアージャっていう町なんですけどね、あそこは温泉がとっても気持ちいいんですって。だけどこの山に住む炎の魔人のせいで温泉客がドッと減っちゃったみたいなんです』


 温泉街を救うために勇者が立ち上がったというわけか。なるほど、観光地に魔物がいるとなれば宣伝に大きなダメージを与えられる。


 宣伝は大事だ――そう、この勇者アマリリスだってそうだ。


『そこで、このMARIRINがお手伝いしようと思ったわけです! このすぐ先に炎の魔人が済んでる祠があるんです! ちょっと行ってみたいと思いまーす!』


 鋭い剣を手のように振って、祠に駆け込んでいく勇者アマリリス。


 その後ろ姿、主に揺れる尻から目が離せない。それに走るたびに胸が揺れて……!


 なんというけしからん格好だ。確かに、うん、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、私の中で勇者アマリリスはそういうのではなく、もっと清純な――


「何やってるんスか」


「うおおおっ! な、なんだ!? 入るならノックしろって言ってるだろう!」


「何度もノックしたんスけど。あ、また“ゆーつーばー”とかいうの観てるんスね」


「“勇通部ゆうつうぶ”だ。“勇者通信倶楽部”の略称だぞ」


 私の部屋の入口に立っている、呆れ顔の部下。


 まったくふてぶてしい女だ。少しは勇者アマリリスを見習っておしとやかになれ!


「うわっ、なんスかこの格好! エッチいッスわー! ってこれ、いつも追っかけてる勇者アマリリスじゃないスか! この娘、こんな格好もするんスか!?」


「今日は特別……らしい。マグマから身を守るための防具だと言っている」


「絶対に建前ッスよ。アクセス数稼ぎのために決まってるじゃないスか」


 そう言われると否定はしづらい。しかし彼女は人気ナンバーワンの勇者だ。わざわざそんな事をする必要があるだろうか……?


『フハハハハハ! よくぞ来たなMARIRINよ! この山は我のものだ! 貴様ごときに明け渡すつもりはない!』


 水晶板の映像が揺れ、炎を纏った魔物が現れる。


『出ました、魔物です! それでは今日もやっつけたいと思います!』


 勇者と炎の魔人が対峙する。


 今までは勇者の上半身のみを大きく映していたが、ちょうど二人が画面いっぱいに入るように、カメラが引いていく。


 勇者アマリリスもさることながら、このカメラマンも一流の魔導士だ。誰が撮っているのか知らないが、どんな激しい状況でも映像が乱れない。魔力が安定している。


『たぁーーーっ!』


 勇者の剣が軽やかに魔人の爪を弾き飛ばす。


 魔人も負けじと爪を振り回し、炎のブレスを吐くのだが、それを次々に避け、いなし、その隙間に剣をねじ込んでいく。


「この子……やっぱり強いッスね。可愛いだけじゃないッスよ」


「うむ……」


 部下の言葉に、私も同意する。


 それがこの勇者を追いかけている理由だ。


 可愛らしい見た目や声に惹かれて見始めた視聴者も、すぐに気づく。このアマリリスという少女の剣からは、幼い頃から努力してきた痕跡がうかがえる。


 けっして目立ちたいから勇者をやっているのではない、真に世界を救いたいと思っている――そんな強い意志を感じさせる、真面目な子なのだ。


 だから私もこの勇者を応援している。


 絶対に大きな胸や尻が目当てなのではない。絶対に、だ。


『ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 とうとう勇者のトドメの一撃が魔人の胸に突き刺さった。


 剣を抜き、魔力の残滓を払う勇者アマリリス。


『――安らかに』


 お決まりの決めゼリフ。やはりこれを聞かないと始まらない。


『ぐぁ…………よくぞ我を倒した勇者よ……だが……魔王様は…………貴様を殺すために……次々に刺客を……放つだろう…………!』


 倒れる炎の魔人。小さな声だが、きちんと拾われている。


『はい、倒しました! とっても強かったです! 少しケガしちゃいましたけど、このくらいなら治癒魔法でなんとかなりますから、心配しないでくださいね!』


 明るく笑う勇者。


 ああ、本当だ、左腕に火傷をしている。あの盾でも炎の魔人のブレスは防ぎきれなかったようだ。


「――む、待て、ビキニアーマーで目立たなかったが、あの盾、前回の動画では持っていなかったぞ? あれも新作じゃないのか?」


「よく観てますねー」


 っていうか、まだいたのかこの部下。


「おいデモーニア、今は私が楽しんでいるんだから邪魔をするな。いったい何の用だ」


「いや、作戦会議の時間、とっく過ぎてるんスけど。もう全員待ってます」


「え、もうそんな時間?」


「今日はいつもより早くやるって言ってたじゃないスか!」


 そういえばそうだった。


「すまない、すぐに行く」


「しっかりしてくださいよ魔王様。そんなんで世界征服できるッスか?」


「大丈夫だ。仕事とプライベートは別だ」


 名残惜しいが席を立ち、水晶板から離れる。


『それでは今日の動画はこのへんにしたいと思います! 皆様、よければチャンネル登録よろしくお願いしまーす! 次の冒険でお会いしましょう! ばいばーい!』


「ばいばい……」


「なに画面の勇者に手ェ振ってんスか! いいからとっとと行くッスよ魔王様!」


「くっ……最後の笑顔が一番可愛いのに…………あ、そうだデモーニアよ」


「なんスか」


「動画に出ていた炎の魔人、殺されはしたが敢闘していた。褒美を与えよう」


「うッス」

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