第24話 子供ではない

 誰もが私がそこへ近づくのを止めた。だけど、会わないと先へは進めない。


 暗く窓はなく、ランプの一つもない、光のない場所だった。我が家でありながら私はこんな部屋があるだなんて知らなかった。

「アイリス」

 ひどく甘い声で名を呼ばれた。

 声のするほうにランプを向けると、牢の中で首をもたげた一匹の獣がいた。

「クロード」

 姿を確認できて私は名前を呼んだ。



 なめらかな毛並みは鞭でもうたれたのか、ところどころ毛が抜け、血が滲み痛々しい。

 足を引きずり、それでも私を見つけた彼は私のもとへとやってくる。

 その姿をみて心が締め付けられるのは、その姿が痛々しいからなのか、これまでの自分とは違うからなのか。




 隙間から手を差し込むと、その手に何度もクロードは頭を擦り付けた。

 私は彼の身体を触れることの重さをようやく知ったのだ。


「ごめんなさい」

 謝罪をしたのは私だった。

 なめらかな毛並みを触りたかっただけだったの、どういう気持ちで触らせてくれているかだなんて考えたことなんてなかった。

 私に触られることをひどく嫌がった時期があった。それなのにそれを無視してなで続けたのはほかならぬ私なのだ。



「泣かないで? どこか痛いの? アイリスも鞭で打たれたの? 怪我は?」

 クロードの口からは私を気づかう言葉があふれる。



「君が泣くのは僕が君の首を噛んだから?」

 目の前の瞳が不安げに揺れるけれど、私は何も言えない。



「君が他の誰かのモノになるだなんて耐えられなかった」

「アイリス離れなさい」

 強く名前を呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのは父だった。

「お父様」




「公爵様、落ち着いてください。刺激しないでください。甘んじて鞭を受けた時と状況が違います。アイリス様が目の前にいるのですから……檻の中におりますが、その気になればクロードは破れるのです」

 私に駈け寄ろうとする父をここで見張りをしていた男が必死になだめる。



「破れるなら破るがいい。こちらも魔法を向けるだけだ。アイリス、大丈夫だ。きっと番いの解消方法があるはずだ。だからこちらに来なさい」

 優しい声で父が私に声をかける。父にもこんな顔をさせたのは他でもない浅はかだった私のせいだ。


 フランもアランも皆悲しい顔をしていた。

 本当だったら学園への入学が決まり一番喜ぶ時期のはずなのに。



「私のせいでごめんなさい」

 目からは涙がこぼれた。

 感情があふれて、口から嗚咽がでる。



 暗い暗い地下で私はこの世界にきて初めて本気で泣いた。

 どうしていいかわからないことに。

 皆をこんな顔にさせてしまったことに。

 声を我慢せず私は大声で泣いた。

 何事かと、次々と使用人が地下に姿を現す。



「お嬢さま」

 泣いてる私を真っ先に抱きしめたのはフランだった。

「フラン……辞めないで。ごめんなさい。何にも考えていなかった私がわるかったの。クロードが私に触られるのを嫌がっていたのに私は気がついたのに……何にも考えてなかったの」

 フランにしがみついて私は皆に謝罪をした。


 クロードの異変に気が付いていたけれど、誰にも相談せずに自分がただ触りたいからと嫌がっても彼の優しさに付け込み触り続けたことを。

 フランがいつも私に怒るから、いつの間にか怒られることになれてしまって大事な叱責と注意を見逃してしまったこと。

 アランが網を持ってくるような事態は初めてだったけれど、それほど深く考えずクロードについていったこと。



 部屋中葉っぱだらけにしても、それを許容していろんな葉っぱを買ってくれ甘やかしてくれた父にこんな顔をさせてしまったことを。



 一番悪いのは私、だから辞めるなんて言わないでフラン。結婚しないの? と散々いったでも、私は必死にフランやめちゃヤダと泣きすがって。

 皆に沢山謝罪をした私は泣き疲れて眠ってしまっていた。






 自分の部屋のベッドで私はまた目を覚ました。

 子供のように泣き疲れてしまった。

 フランは? アランは? もういないの? 不安で私はあたりを見渡した。

「お嬢さま?」

 私が起きたことに気がついたフランが駈け寄る。

「フラン、ごめんなさい」

 視界にはいったフランにまた私は謝罪をした。

「深く反省してくださいませ」

 いつものトーンで答えられたことが答えなのだと安心した。

「アランは?」

「控えております」

「クロードは?」

「彼はまだ地下牢におります」




「お嬢さま、ことはもう起こってしまいました。取り返しは付きません。でも泣いていても終わりません。公爵様ときちんとお話してどうするか決めないといけません」

「うんうん」

 私はうなづいた。

「『うん』ではございません。」

「はい」

「当事者は私でも、アランでも、公爵様でもございません。お嬢さまなのですから」



 深呼吸をひとつして、先に進むために指示を出す。

「私の身支度をして、クロードを檻から出して身だしなみを最低限整えてあげて。お父様に話しに行きます」

「かしこまりまして」

 フランが頭を下げた。

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