第22話 君の首筋

 一体どうしたのだろう。ただ事ではない事態がクロードを中心に起こっていることだけはわかる。

 これまでも、クロードの背に乗り脱走は正直試みたことがある。

 その時はもちろん、フランにみっちり、こってりとしかられた。



 それが、今は屋敷の人員総動員で回りこんではさみこめだの、網はまだかだのなんていうか捕まえようという意欲が前回と大違いだ。

 クロードも今日ばかりは本気で逃げ切るつもりのようで乗り心地がいつもと全然違う。

 私は落とされまいとしがみつくしかない。



 追ってくる屋敷の人員をすべて振りきり、3mはある壁を飛び越え闇夜に紛れ街に飛び出した。

 最後3mもの壁を飛び越える際私は後ろを振り返った。

 私とクロードを見つめるフランはカンカンだと思ったのだ。

 でもフランは捕まえることが叶わず絶望したかのような顔をしていた。




「ねぇ」

 クロードは走るのをやめないし、しがみついてる手もとうとう限界で声をかけた。

 辺りを見回した後民家の壁に足をかけ跳躍し登り、屋根の上でようやく止まった。

 握力も限界で手を放しよそ様のお宅の屋根に私はへたり込んだ。

「一体何事なの? 皆もあれはかなり慌てていたし、ただ事ではなかったんじゃない?」

「そうだね。ただ事ではないとわかっていたから何としても止めたかったのだと思う」

 私の質問に、ただ事ではないとクロードはあっさりと認めた。



「あっ、もしかしてお母さんがいるのに養子に入るのは思うことがあったってこと?」

 クロードに養子の件が持ちかけられたのを知っていた私はなんとなく理由がわかった気になっていたのだ。





「ねぇ、アイリス。君は僕が好き?」

 どことなく不安げに彼がそう聞くものだから、安心させるために私は言い切った。

「えぇ、もちろん」

 と。


「…………君は一生僕のことを恨むかもしれない」

 クロードは私にはっきりとそう言うと、獣化をといたのだ。

 ちょっと、服がないのになぜ今といた!?

 ガン見するわけにいかないので、視線を思わず逸らした。もう彼は子供ではなく、青年へと移行している途中なのだから。


 

「アイリス、ごめんなさい」

 クロードは私のほうに歩み寄るとポツリとそう言った。

 なんで謝るの? という言葉を紡ぐより先に、彼の手が下ろしていた私のスミレ色の髪をかき上げ、私のうなじに噛みついた。



 甘噛みではない、絶対血がでたとわかるほど深く。

 痛いのに、不思議と痛いという言葉は私の口からは出てこない。

 だんだん痛みよりも、身体がだんだん熱くなることが気になりだす。

 どれくらいの間うなじに噛みつかれていたのだろうか、彼の口が離れたころには、まともに座っていることができなくなっていた。

 よろりとよろめいた私の身体をクロードは支える。



 何が起こったの? 首はどうなったの? もう痛みはないけれど身体が焼けるように熱い。

 体重をクロードに預け彼にもたれかかる。


 クロードは私の髪をかき上げたまま、噛みついたうなじに、何度も何度も舌を這わせた。

 彼は服を着ていないし、またこれがラッキースケベなのかしら。

 そう思ったのを最後に私の意識はだんだん遠のいていく。



 噛みつかれた首が熱い。肉がえぐれているのだろうか。

 屋敷の皆が制止したのは私が噛まれるからだったのだろうか。

 豹って肉食だから、私食べられてしまうのかしら。



 もうずいぶんと前から、人化しても獣耳が現れなくなったクロードがぼーっとする私を覗き込む。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 彼の口からこぼれ落ちる沢山の『ごめんなさい』という言葉を聞きながら私の意識はとうとう途絶えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る