第19話 白の夜

 魔方陣は白色に光輝き、通常の召喚より長い時間をかけて目的である人物を本人の意思とは関係なしに肉体ごと此処へと引っ張ってこようとしていた。

 直径10mの陣。その周りではおそらく今日最後となる召喚でこの場に呼び出される人物が現れるのを今か今かと待ちわびる人々が取り囲み。

 皆の視線はただ1点、陣の中央、地面から2mほどの高さに集約してきた白い光へと注がれていた。



 本来なら陣が光しばらくすると陣の中央に召喚された人物が現れるが色の違う召喚は別物だ。

 現に今回の召喚はかなりの時間を要していた。

 周りから『まだ姿が見えない』と声が上がるほどに。



 始めに現れたのは靴だった。

 青色の質のいい皮に小さな真珠があしらわれており、高価なあしらいにどこかの令嬢だとすぐに人々はかたずをのんだ。

「女物の靴だ。召喚位置が高い。召喚が終わり身体すべてがこちらに来てしまえばあの高さから落ちることになる、絶対に地面に落とすなよ」

 責任者の声が辺りに響く。

 陣が光れば中央にいるものは次の者に陣を明け渡さないといけない。どのような状態であっても、たとえ高貴な身分であってもそれは絶対のルールである。

 現に今回の召喚では第二王子すら陣が光れば次の召喚される者を陣が呼ぶ邪魔をしないように陣から手早く出される。



 二十数年ぶりの色代わりの陣に周りの者が寄せる期待も相応だった。

 何しろ、今の段階で流石王族といえるほど魔力を持ち、てっきり今年の召喚の儀の最後を飾ると思われていた第二王子ジュリアスを陣から皆で慌てて引きずりだした後なのだから。

 高魔力者であればある程召喚される際の負担は増す。

 召喚されたジュリアスはかなり疲労しており、立ち上がるのが遅いだろうとすぐに判断され、男三人がかりでこの時ばかりは不敬免除のため陣からやや乱暴に出したのだ。

 普段であれば、王族に対する扱いをとがめられ罰せられてもてもおかしくないほど、慌てて引きずり出したのだ。



 光の中から、ゆっくりと足が現れる。ジュリアスの時とは比較にならないほど時間をかけゆっくりゆっくりと。

 スミレ色のスカートが見えた時に。

 今回先に召喚された獣人が叫んだ。


 スミレ色の髪、スミレ色の瞳。身につけているものからして、かなりいいところの出なのがわかる。



 美しい顔立ちをした少女は我々を見下ろす形であたりを見渡した。



 陣から光が失われる。少女が落ちる走れと駆けだすよりも早く、黒い獣が空を切った。

「アイリス」

 白の陣で召喚された少女の名を呼んで。


 獣人と我々では身体能力が大幅に違う。

 しなやかな体で我々を飛び越えるほど大きく跳躍すると、我々よりも早く地面へと落ちてくる彼女を獣は背に受け止めたのだ。



「クロード」

 少女は受け止めた獣の名前を呼ぶと、頭をゆっくりとなでた。


 光を失った陣はさすがにこれ以上光を帯び人を呼ぶことはないようだ。



 

 遠巻きに皆少女と寄り添う獣を見つめた。

「さぁ、さぁ。召喚の儀は今年も無事終わりました。陣からさっさと出なさい」

 よく通る女の声、この学園の学園長マルクールである。


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