ダイレクト直也(前篇)

4月15日日曜日。

ヴィンセント海馬の家に遊びに来た少年の名は大澤直也だ。先週の土曜、彼は美南と海馬の3人で小学6年の弟ケンのサッカーの試合を観に行った。あの日、海馬に黄色いボールを借り、一度は諦めたサッカー選手の夢をまた追おうと決意したのだが、その決意も高校のサッカー部に仮入部するとすっかり萎えてしまった。


何があったのか――


それはまあ、人に言うと「そのくらいのことガマンしろ」とか、「入ったばかりだからしょうがないだろ。根性ねぇな」で片づけられるから言わない。ただ、体がムリだと拒絶した。あの球拾いやら声出しやら命令されまくること・・・何で1歳、2歳違いであんなに威張られなくちゃいけないのか意味が分からない。というわけで部活は取りやめだ。


そんなことより!


ビッグニュースに出くわした。こんな情報に出会えたのは運命だ。ヴィンセントに報告しなくちゃ! 直也はそう直感して親友の家へと走った。そう――直也は直感を大事にしている。中学までやっていたサッカーの試合でも、直感に基づきゴールを量産してきた。めっちゃナイスなアイデアも、親や先生に言うとバカにされて終わる。でもあいつなら――


「直也の直は『素直のなお』なのに・・・なんですぐ反抗する?」などと親からは愚痴を言われているが、『素直のなお』ではなく、『直感の直』だと自分では解釈している。その点を強調するため、中学のとき、自分自身を『ダイレクト直也』と命名した。『ヴィンセント海馬』みたいな感じで、どう考えても『イイね1万くらい!』と思ったら、ダイレクトは『直感』ではなく『直接』で、まあ、ちょっとちがうみたいだけど、それこそ直感で決めた。ただ正直、定着はしてない。ヴィンセントがそこまで言うなら仕方なくというか、やれやれ可哀想にという雰囲気で、忘れたころにたまに呼んでくれる程度だ。


ダイレクトが訪問したとき、ひとり暮らしのヴィンセントは何やら将棋のコマを動かしていた。1人で将棋ができるのか知らないが、オセロすらルールが微妙な直也はもちろんそんなのスルーでダイレクトに本題に入る。


「海馬、ビッグニュース! オレ、なりたいもの見つけたんだ」


海馬はほんの少し直也の顔を見たものの、再び盤上に目を向ける。


「どうせユーチューバだろ。ゲームの実況動画やって大金持ちになる。サッカーをやめるって言い出すときは、毎回セットでユーチューバ。もう100回以上聞いたよ。オレは忙しいんだから、帰れ」

「知ってた? ユーチューバって親がなってほしくない職業第1位だって」

「知るかよ」

「ニュースで言ってた。ウケるな、ユーチューバになりたいとか」

「じゃあ、今度は何チューバだよ」

「チューバじゃねぇよ」

「じゃあ、何だよ」

「ええと・・・」


直也は急にモジモジする。


「何照れてんだよ」

「たぶん、オマエならわかってくれると思うけど」

「決めつけるなよ。わかるかわからないかは自分で決める」

「いいスポーツ」

「いいスポーツ?」



eスポーツ



「ああ、なんかニュースでやってたな。スポーツゲームのプロか。日本でもプロのライセンスを発行するとか。格闘ゲームとかスポーツゲームのプロね。海外のすごいヤツは年間で何千万も稼いでるんだけど、日本は遅れててようやく最近みたいなやつか」

「さすが! 知ってるね」

「ふーん、そっか。じゃあ、がんばってね」

「は?」

「直也、ゲーム、アホみたいに好きだもんな。引き続き練習に励め。じゃあまた」

「ねぇ!」

「ん?」

「ん、じゃねぇよ。なんかアドバイスとかねぇのかよ」

「アドバイス?」


直也は部屋を見渡す。からかうネタでもないかと探したが、シンプルな生活の海馬の部屋にはツッコミどころがぜんぜんない。


「お前さ、ぶっちゃけ、男だと冷たいよね。美南とかには優しいくせに」

「男とか女とか、考えたこともない。ていうかアドバイスって・・・だってゲームはさんざんやってんだろ、自分。それにウイニングなんちゃらっていうサッカーゲーム、前に全国大会で3位になったとか自慢してたじゃん。もうやるって決めてるんだろ。オレの時代来た的に思ってるんだったら、考えないでやれよ」


考えないでやれ――まさにダイレクト


「そうだけど・・・」

「部活しないんだったら、時間いっぱいあんじゃん。ずっと練習できるだろ、ゲームの」

「eスポーツのプロ目指すとか言ったら、反対されない? 周りに」

「え?!」

「ユーチューバよりもやめとけって話な気がする」

「お前が目指してたプロサッカー選手もさ、最初はやめとけって話だったんだぜ。スポーツでお金をもらうなんて汚いって。アマチュアこそ、純粋で健全な形だ、プロのスポーツ選手なんて恥ずかしいって。しかも海外にサッカーとか野球しに行くやつは、裏切り者とかそういう扱いだったんだぜ」

「マジで?」

「なんでも本気でやるならスマホで歴史学べよ。とにかくそれがだんだん変わってJリーグができてみんなプロ目指してそれがステータスになって。逆に今、反対されることをやればチャンスってことだろ。だからやる一択。サッカー頑張ってきた経験も活かせるし、ゲームばっかりやってた甲斐あったじゃん。良かったね。おめでとう」

「なんか――めっちゃイイこと言ってくれてるけど・・・軽くね?」

「だって、またそのうち変わるんだろ。eスポーツとかfスポーツとか言ってる場合じゃねぇって感じで」

「今度は変わらねぇって」

「そっか。じゃあ、がんばれ」

「そうだけど・・・なんかモヤモヤすんな。なんだろう」

「そのモヤモヤはゲームで解消するといいと思う。一石二鳥」

「ちがうよ、なんか、正直オレ・・・ぶっちゃけ来年くらい言ってそうだわ。eスポーツとか言ってる場合じゃねぇって」


海馬はパタパタとキーボードを打ち、何かを入力している。


「うん。言うね。今は大学受験に集中しようって。まず話は大学出てからだろとか」

「うわ、自分でも目に浮かぶ」

「もういい? おれ、コレに集中したいんだけど」

「どうしよう、オレ、やる前から失敗しそうな気しかしないんだけど。うわ、さっきは新しい夢見つかったとかテンションあがったのに・・・」


本当に自分でも目に浮かぶ。eスポーツのプロになろうって頑張る。でも頑張るっていうのはひたすらゲームをすることだ。他のやつから見ると遊んでいるとしか見えない。ゲームをやったからって、大学の推薦がもらえるはずがない。全国大会に出て見えてきたが、ゲームの道も実際は厳しい。結果を出し続けなくちゃいけないだろう、きっと。毎回勝てるわけじゃないというのは自分が良く知っている。最新情報を知らないとすぐにおいてかれる。アップデートに毎回対応しなくちゃいけない。周りの理解を得ながら、スキルを上げ、結果も出し、生活していくなんて、想像もつかない。サッカーは熱心にやっていれば多少褒められるが、ゲームはやめろとしか言われない。


「オレ、サッカーもゲームもムリ、しかも勉強もオマエみたいにできないから大学もきっとしょぼいとこだよ。もう詰んでんじゃん。美南は写真があるけど、オレは何もない・・・完全に・・・なんつーか・・・オレ、カスだな。今まで何やってきたんだろう。バカだった。アホみたいにサッカーとゲームしかやってなくて・・・何も残ってねぇし」


直也はいきなり――泣き出した。

ヴィンセント・VAN・海馬はキーボードを打つ手を止める。


「オレ・・・泣くとかカスだな。なんかさっきは超ハイテンションだったのに・・・くそ、新しい夢が見つかったって思ったら、何だよ、早ぇえよ。一瞬で終わった。最短記録だよ」


鼻がたれてるぞ、かめよ――ヴィンセントはダイレクトにそう言って、ティッシュのボックスを放り投げる。


「なぁ、直也。オレ、何で直也と親友なのか分かる?」

「え?」



し ん ゆ う



ヴィンセントはたしかに今、親友と言った。

その言葉は、まさにダイレクトに直也の心に響いた。


「親友、なのか」

「約束もなく日曜に来て、悩みをいきなり打ち明けて、相手の目の前で恥ずかしげもなく泣けるっていうのが、世の中の親友の定義だろきっと」


親友の定義――


「あ、うん」

「オレがお前と親友なのは――」


銀髪の少年は軽やかに言った。


「たまたま、そばにいたからだ」



た ま た ま 


そ ば に 


い た か ら



(後篇につづく)

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