ダイレクト直也(後篇)

「たまたま、そばにいたから?」


自分と海馬が親友である理由――それはたまたま、そばにいたから。


「たまたまかよ!」

「まずはそばにいなくちゃ、好きになりようがないだろ。それにそばにいつづけなければ、仲が深まらない」


それは、そうだ。


「理由はシンプルなんだよ。たとえばオレ、このまえAIの芥川龍之介を組んだんだけど」

「おう」


『AIを組んだ』というとんでもないことを、「おう」って軽く受けられるあたりが、直也が海馬の親友である証の1つだ。


「電力低下の赤い警告表示を、オレの担任の先生と友だちの結って子は『AIが照れてる』って解釈したんだ」

「はは! マジか」


ゲームばかりやっている直也だったら、赤い表示からエネルギー切れ関連を連想するはずだ。


「情報を正しく読み取ってもらえなくて、勘違いされることなんて普通にある。っていうかありすぎで笑うよ。さっきオレも勘違いされた。女の子にやさしいって。たまたま美南が女だっただけで。それは直也がそう思いたかっただけだろ。しかも仮にそうであったとしてもそれが直也に影響あるのか? 自分は男だからオレにやさしくされないってこと?」


ヴィンセントに整理されて言われると――園児かよ、オレは。


「自分が男であることが、オレに相手にされない唯一の条件? ちがうだろ、ころころ夢を変えるから愛想を尽かされている? 勝手にそう思うかもしれない。でもそれもちがう。オレはシンプルに答えを言ってる。今、オレは忙しいって。なのに誤解する。そして自分で解釈して喜んだり泣いたりする。答えはシンプルなのに」


直也はいきなり解った。


ヴィンセントの言っていることがよく理解できた。この前の試合のときも、なんか解ったはずだ。なんだっけ、えっと・・・そうだ。たしかコイツは言ってた。



が っ こ う に 


い っ て る か ら っ て


こ う こ う せ い に 


な る ひ つ よ う は な い



学校に行っているからって『自分であること』よりも『高校生であること』が先にくるはずがない。


そうか、そうか!


「わかった! なるほどな、オレは自分じゃないものになりたがっていたわけか」


銀色の髪の下に在るヴィンセントの鋭くも優しい眼が、親友をとらえる。


「自分じゃないものになろうとすると、死んじゃうんだと思う。複雑に、あり得ないくらい複雑に人間はできているから、ちょっとでも自分じゃない状態になるとすごく苦しいんだと思う」

「わかるわ。それ、オレ部活で味わった」

「我慢も遠慮もいらない。自分を捨てて苦しんで迷惑かけるくらいなら、自分自身になることに集中した方がきっといい。オレはひとまずそう結論した」

「それって――いつ?」

「4歳か5歳のころだと思う」


ヴィンセント・VAN・海馬は珍しく、ニッコリ笑った。これは冗談だろうか。よくわからないが、その表情は高校生というよりはまるで4歳か5歳、ストレートでわかりやすい笑顔らしい笑顔。その笑顔が伝えているメッセージはめちゃくちゃシンプル――オレはオマエの味方だ。


「とにかくずっと前にオレは決めたんだ。他のこと全無視してオレはオレであることに集中しようって。だから家に来たばかりのヤツにも忙しいから帰れって伝える。でもオマエはそれで怒り出して帰らない。どんな理由か知らないけど、そばにいる。シンプルにそばにいる。集中はさせてくれないけれど。これは親友って誤解されても仕方がない状況だ」


eスポーツのプロになる。

安定した職業につく。

人からバカにされない職業に就く。

行かなくちゃいけないから高校へ行く。

大学に行った方がいい空気を感じる。

少しでもまともな大学へ行く。


これはぜんぶ、オレじゃない。


オレはただ――


オレであることに集中すればいい。

順番が逆なのか。

集中した結果『eスポーツのプロ』があればそれはそれでいいし、そうじゃなくても、そのときのオレはオレなんだから楽しめるはずだ。



オレ流にやっていけばいい。


直也の体内にダイレクトに力がみなぎる。

eスポーツ? 

オレの前にいきなり現れたダイレクトな情報。 

おもしれぇ。

上等だ。オレに倒されたいヤツはどいつだ?


「ヴィンセントは、将来の夢とかあんの?」


あり得ないくらいサッカーがうまいのに、高校ではチームに所属しないという。それは日本サッカー界というより、世界サッカー界の損失にすら思える。


「オレの夢のスパンは直也よりもずっと短いよ。今はさっき言ってた結って子のおじいちゃんのAIを組んでいる。これを完成させるのが、今日の夢」



き ょ う の ゆ め



「できるかわかんないけれど、やるしかない。しかも時間もない」

「おじいちゃんのAI?」

「あ、いちおう言うけど、結ってのは女の子だけど、女の子だから優しくしてるってわけじゃないぞ」

「わかってるよ」


さっきの自分の推測があまりに自分勝手で的外れだったことを直也は恥じる。


「結のおじいちゃんはもう自分の死期が近いって感じてる。死ぬのは今日かもしれないし、明日かもしれない」

「おい! 不吉なこと言うなよ!!」


直也は超がつくほどおじいちゃん子だ。

おじいちゃんが大好きで大好きで。だから学校で誰かのおじいちゃんが亡くなったという話を聞くと、そいつがどんな嫌いなヤツでももらい泣きしてしまう。


「人が死ぬのは当たり前だろ。人類が始まってからずっと死がある。なのにみんなずっと哀しんでる。必要以上に深く。そしていろいろなことが手につかなくなる。死んだ人はさようならって笑顔だとしても、残された人の生きる気力が失われる。これはめちゃくちゃ不自然に思える――死の対策が墓だけとか、今、何世紀だよ」



し の た い さ く が


は か だ け と か


い ま


な ん せ い き だ よ



「おじいちゃんは言ってた。心配性の結を残して死ぬのが心配だって。心配性なのは、おじいちゃんの遺伝なんだな。おじいちゃん、先週倒れてからいきなり手がプルってもう字が書けないらしい。大好きな将棋も指せないって。最後に結と一局指したかったけど、結はあんなに好きだった将棋に、完全に興味を失っている」


結っていう知らない子のおじいちゃんの話を聞かされただけでも、直也はもう涙を浮かべている。


「だからオレはオレはおじいちゃんの夢を叶えることにした。まずおじいちゃんに代わって遺書を書く。これはもう終わった。そして次はおじいちゃんのAIを作って、結がいつでもおじいちゃんと将棋を指せるようにする。幸い結のおじいちゃんはマメで、自分の棋譜をいっぱい残していた」

「きふ?」

「将棋の対戦データのこと。おじいちゃんと結の対局は、それこそたぶん全部残っている。それを今、これに覚えこませて、おじいちゃんだったらほぼこう指す、というAIを組んでいる。結は何年か前にやめちゃったみたいだけど、おじいちゃんはずっと将棋を研究していた。結がいつかまた『棋士になる』って言い出したときのために。そんな日は来ないかもしれないけど、可能性はある。何かをきっかけに、結とおじいちゃんの、2人で追った夢が再燃するかもしれないからね。その日に備えて、おじいちゃんは1日も休まず、最新の戦法をずっと研究してた。おじいちゃんは将棋ソフトを買って、インストールして研究し続けていた。結がまた走り出したときにこまらないように。それは的外れですごく勝手な思い込みかもしれないけれど」

「――」

「おじいちゃんは貸してくれたこの棋譜を眺めながら・・・過去を想いだして言ってた。結は長考するところが良いって。どんな簡単な手も安易に指さずに、しっかり考え抜いて、頷いてから指すから間違いがないって。時間はかかるけど、指された手は、いつでも実に結らしい。そんな結の将棋が大好きだから、自分が死んでも、結にはこれからもそうやって生きて欲しい」

「おじいちゃん――」


直也は涙を落とす。

海馬はもちろん涙なんて落とさない。少しでもプログラムを間違えたらAIは動かない。ただ――自分の代わりに直也が泣いてくれていると勝手に解釈する。


棋譜の向こうには――データの向こうには、結とおじいちゃんの懐かしい時間と、2人にしか読み取れない豊かな情報がある。海馬はすべてのスキルを駆使してそこに向かう。


その情報こそが生だ。

生は保存できるし再現できる。

くっきり、リアルに。

だったら死なない。

ひとりの人間の思考とヴィジョンは死なない。


そもそも、AIを作ったところで結が喜んでくれるかもわからない。

逆に怒りだすかもしれない。

もっと哀しみを深くしてしまうかもしれない。

そこは想像だ。

相手の反応はすべてこちらの勝手な解釈だ。


ただ――


勝手な読み間違いをしても、きっと許されるだろう。

オレの直感が間違っていなければ、



直也も結もたぶん――



親友だから。

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