いまだにVAN(4)
「え? 思いついた?!」
カシャカシャカシャ
「これで2万円ゲットだな。いひひ」
自らが発した言葉で結の表情が動くのがわかっていたのか、美南はすごくタイミングよくシャッターを切る。
「あのさ、結って、将棋詳しいんだってね」
「!」
カシャカシャ
海馬くん情報?! でも朝の会話では『将棋のこと知ってる感』は極力抑えたつもりだ。ついさっき、結自身が『制服のイラスト描いちゃう系』であることを反射的に隠したたように。大好きなことを隠すのは結にとってはあまりに自然な行動だ。昨日今日始めたわけではないんだけど——
「わたし、海馬くんに将棋できるとか言わなかったけどなぁ」
「ヴィンヴィン鋭いから。さっき会ったときに言ってたよ。わざと平手って言葉をいきなり使ったのに聞き返さなかった、王をギョクって言い換えても表情を動かさなかったって。すぐに聞き返す結にしては、あれは違和感ありあり、たぶん、将棋のこと詳しい。それもメッチャ詳しい、だってさ」
き が つ か な か っ た !
その瞬間、またシャッターが切られた。天才フォトグラファ美南は意図的に言葉で揺さぶって、心が動いた瞬間をとらえる。
「すごっ!」
メンタリストかっ!
「すごくない——ってヴィンヴィンなら言うね。結ちゃんがスキだらけで読みやすいんだよ。たった今だってさ、芥川も思い出せなかったわたしが、平手とかギョクとかそういうの覚えてんだよ。その時点で、わたしも将棋詳しいって見抜かなくちゃ。ゆいゆい、のんびりすぎるぞ」
「あ!」
またシャッターが切られる。
「たしかにヴィンヴィンが言った通りだ。相手が好きなものとか好きなことを知っておくと、いい写真が撮れるね。ゆいゆい、いろんな表情するんだね。あり得ないくらいかわいい」
きゃあ!
カシャカシャカシャ
また撮られた。
「美南ちゃんもやるの? 将棋」
「ヴィンヴィンに将棋教えたの、わたしだもん」
「うっ! そうなの?」
「いちおう師匠。でもあの弟子はもう強くなったから。銀河のはるか彼方へ消えたね」
戦わなくて、良かった!
「でさ、今、これ、たった今、本当に思ったんだけどさ、悩んでいるゆいゆいには悪いんだけど、ゆいゆいが考えているときの表情って、めっちゃ良かった」
「あ・・・」
「でさ、ここに書いてある芥川の『号』って、たぶんペンネームみたいなのだよね?」
美南は結のスマホにタッチし、文字を拡大させた。
号は澄江堂主人(ちょうこうどうしゅじん)、俳号は我鬼——
「わかんないけど、たぶん。で、なになに、美南ちゃん、どんないいの思いついたの?」
「うぉ! 期待されると言うのハズいね」
美南はシャッターを切りたくなるほど照れた表情をした。
「このさ、澄江堂ってあるじゃん。ちょうこうどう」
「うん」
「将棋でメッチャ考えることって、長考っていうじゃん」
なるほど!
「それにかけて・・・長考堂か!! おお、何か文学的! すごくいい!!」
「でしょ!」
その瞬間、結の頭にも連鎖的にアイデアが浮かんだ。
「そうだ! 海馬くんが言ってたんだけどね、このAI、人間の書いたものをいろいろ解析して、次の一手というか・・・次の一文みたいなのも示してくれるんだって。人間が思いつかないような文章を」
「へぇ、すげぇな」
芥川は古典を小説の題材にした。
ならばAIの芥川は——未来を小説の題材にするんじゃない?!
現代の人間の価値観とは別のルールに基づいた、新しい価値観を示すAI。
微かに——コンピュータのファンが回っているような音がする。
生まれたばかりのAIの芥川は、わたしたちの会話を聞いているのだろうか。
ママからこんな話を聞いたことがある。
わたしが生まれたとき——
「ゆいって名前はどうかな?」ってパパが言ったらね、生まれたばかりのゆいが頷いたんだよ。「うん」って感じで。まあ、たまたまだと思うけどね——
結はいきなり突然、涙ぐみそうになったがぐっとこらえて美南に伝えた。
「この子、人間の思いつかない、スーパーな行動を教えてくれるんだよ、きっと。めっちゃアクティブってことで——」
それは、まるで海馬くんそのもの——
「超すごい行動ってことで、超行動っていうのもありじゃない?」
結はアイデアが消えないうちに、スマホのメモ帳に長考堂と超行動という文字をフリック入力して並べ、字面をチェックする。
長考堂 超行動
「どっちがいいかな、和風なのは長考の方だよね。超行動は名前っぽくないな」
「いっそミックスしてみるとか」
結はもう一度指を動かす。
超 考 堂
「おおお! かなり!!」
「しわしわネームとキラキラネームのフュージョン! カッコいい! これは2万ゲットだ!」
2人はハイタッチした。
しっくりくる。メッチャしっくりくる。
考えを超えてくる存在。
あり得ない思考方法で、超絶な行動を示してくれる超考堂。
AIの芥川にぴったりな気がする!
わずかに、ジジジと、コンピュータが頷いた気がした。
「てことは、もしかして、わたしも2万円もらえたりするのかな?」
結はふざけて言うと、美南はそれはないと秒速で応えた。
「え、だって美南ちゃんはもらえるんでしょ、お金」
「うん。でもわたしが注文した第2弾の制服ってゆいゆいの制服だから」
わ た し の せ い ふ く ?
「そうだよ。だから2人でヴィンヴィンからの借りを帳消しにしたってことにしよう。ハズいかもだけど・・・あのさ、いっしょに着ようよ、わたしとおそろいで! たぶん、わたしよりぜんぜんゆいゆいの方が似合うよ、きっと!」
結は思い出す——
たしか海馬くんは言ってた。フォトグラファ美南は友だちを作るのがちょっと苦手だって。新しい高校にいきなり馴染めず、入学式以外学校に行けなかったって。
だから海馬くんは美南ちゃんに制服を作ったのかな。
世界に2枚しかない、おそろいの制服。
海馬くん、すごい。
そして結はようやく気づく——
美南が自分でお金を払ってこっちの学校の制服を作ってもらい、侵入してきてくれたこと。3階の図書室に忍び込んで、友だちを待っていてくれたこと。どれだけ大変で勇気が要るか。そんなのいらないって言われる可能性があるのに、自分とおそろいの、友だちに渡す分の制服も先に注文した。4万円もするのに。そのお金も自分の特技を活かして返そうとしている・・・
結の頭に、結と美南がおそろいの制服を着て歩いている朝の絵が浮かんだ。登校するのは、こっちの高校ではなく、美南ちゃんの学校。誰も結が部外者だと気がつかない。バレないように、ハラハラしながら歩く朝——
物語みたいだけれどあり得なそうな未来、現実とはかけ離れているけれど創り出せそうな未来。それは結が今朝まで描いていた青春の絵面とは、似ているようでぜんぜん違う。みんなと遅刻しそうになって「ヤベー!」とか言う現実とはまったく違う現実。
超考堂——
「ありがとう! 美南ちゃんさ・・・わたし、あの可愛い制服が出来たらすぐ着るね。それでさ、美南ちゃんみたいに、そっちの学校へ忍び込むね!」
中学までの自分だったら、絶対100パーセントあり得ない約束。
結の目がふたたび潤む。
フォトグラファ美南はシャッタを切るかわりに、カメラを超考堂のとなりに置き、新しくできた友だちをぎゅっと抱きしめた。
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