いまだにVAN(3)
放課後——
図書室に戻ってくると今朝、海馬くんが座っていた奥の席には、フォトグラファ美南ちゃんがいた。
どうして?
たしかに「会いたい」とは思っていたけど、いきなり登場するなんて!
フォトグラファは明るい声で叫んだ。
「おお! ゆいゆい! やっと来た!」
「なんでここに?! ていうかその制服!」
よその高校の美南が結の学校の制服を着ている。
「いひひ。なんかわたし、似合ってね?」
「ちょっと! どうしたの、その制服」
「ヴィンヴィンが作ってくれた。あんだけ大量に作っているからさすがだね。サイズ、超ぴったり!」
ヴィンヴィンというのはヴィンセント・VAN・海馬のことだ。
「あれ? 海馬くんは、どこ?」
「あ、ヴィンヴィンは来られなくなったって。うちの学校に納品に行ってる。だから代わりにわたしが来たの」
の う ひ ん ?
このフォトグラファによると、美南の通う学校には制服がないのだという。ただ生徒の中には制服を着たい!という需要があるらしい。校則上は制服を学校に着て行っても良いということだった。ただ、制服を着ていく生徒はこれまでゼロ。だって学校指定の制服というのがないのだから・・・。
みんなが私服のところに制服を着るのは目立つ。よその学校の制服を着るという手もあるが、それはちょっと複雑な気持ち。中学校の制服を着てくる策もあるが高校生なのにそれはうーん。
ということであの銀髪の少年は、制服を着たいのに着られていない子たちのニーズに応えるのだという。友だち何人かで同じ制服を作ってもらって着ればかわいいし嬉しい。それだったら学校に着ていける。ていうか着ていかせて!
「ヴィンヴィン、もう30人くらいから注文受けてたよ。わたしもまた頼んじゃったけど」
美南ちゃんはこの前、『写真を撮るとき用の制服』をヴィンセントに作ってもらっていた。仕事着なんだけどうらやましい。すっごいかわいい制服で結も着てみたいくらいだった。あ、美月先生はちゃっかり着ていたっけ。
「それって・・・何て言うの、海馬くん、制服を作るのをお仕事にしてるってこと?!」
「うん」
「学校でそんなことして大丈夫なの? 怒られたりしない?」
「ん? このまま発掘は続行だぜ! って張り切ってたよ」
「発掘?」
「わたしの行ってる学校さ、制服着た男の子とか女の子のイラストを描く子がいっぱいいるんだ。中学のときあまりいなかったけど」
「へぇ」
へぇ、とか口では言ったがぜんぜん、へぇ、じゃなくて・・・じつは渡辺結はその子たちと思いっきり同志だ。男の子や女の子のイラスト、ううう、正直、大好物・・・。
「ヴィンヴィン、イラスト描く子の存在知ったら、これはまだまだいけるって。制服のカタログを作ろうって話になって、わたしもいろいろ手伝わされてる。人づかいが荒い」
「制服ってけっこう高いよね? 売れるの?」
もし結だったら・・・作って売れなかったことを考えると不安で仕方がない。
「めっちゃ売れてる。ほら、そもそもみんなでおそろを買って着よう!って話だし、男の子の注文もあったし。自分もえっと、この前の写真撮影用の制服が上下で4万でしょ、第2弾で注文した制服も4万、この学校の制服が超ウルトラ特別サービス価格で2万、合計10万円かな」
じ ゅ う ま ん え ん
「ひゃぁ! 使いすぎでしょ!」
「でも大丈夫。わたしも働いているから」
「え? だって10万円だよ」
「制服のカタログ作りとか、買ってくれた子を撮影する約束とか、結のおじいちゃんを撮った時の撮影料とかでもう8万返したから、あと2万だね」
「え——」
あのおじいちゃんの撮影は——海馬くんがお金を払ってくれていたの?
だから・・・だからわたしより早く写真をチェックしてたのか!
ていうかあの撮影、お金がかかっていたの?!
そっか・・・あのとき、美南ちゃんは言ってたね。
これ、わたしの仕事だから——
「でね、今日来たのもヴィンヴィンからもらった仕事」
「ん? これから撮影なの?」
「ちがうけど、2万円の仕事」
「にまんえん!」
「えっとね、今日はゆいゆいと・・・なんだっけ? 何かの名前決めてこいって。それが良い名前だったら、そのネーミングを2万円で買うから制服のお金プラマイゼロだって。ええと、何の名前だったかなぁ・・・」
ネーミングに2万円・・・結にはすごーーーく高く思える。海馬くんの価値基準がよくわからない。
「もしかしてそれって・・・芥川龍之介のAIにつける名前?」
「それ! あくたがわりゅうのすけだよ! うわー、あくたがわって思い出せなかった! いい案ある? ていうかAIのあくたがわりゅうのすけってWHAT?」
結はフォトグラファ美南に、自分が知っている芥川龍之介に関する情報をWikipediaを見ながら伝え、戦争のことを重ねちゃって自分の頭がぐるぐる回っちゃったこと、海馬くんがアドバイスしてくれた将棋のたとえのことも加えて、1:7:2くらいの割合で話した。
美南はネット上の百科事典『Wikipedia』を見て感心した。
「すげー情報詳しいな、これ! エグッ!」
「ん? 美南ちゃん、ウィキペディア見るの初めて?」
「これ、何、誰が書いたの? メッチャ使えそう」
結はわりと高頻度でwikiを使う。ただwikiは詳しすぎて使えないときも多い。中学の先生の中には、信ぴょう性があやしいから使うなと言ってた人もいた。結はスマホに目を落とす。芥川龍之介について、wikiの冒頭にはこう書かれていた。
芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年(明治25年)3月1日 - 1927年(昭和2年)7月24日)は、日本の小説家。本名同じ、号は澄江堂主人(ちょうこうどうしゅじん)、俳号は我鬼。その作品の多くは短編である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」といった児童向けの作品も書いている。
杜子春については『児童向けの作品』とはっきり書かれている。ぐはっ! やっぱあれって、児童向けなんだ・・・。もしかして、わたしみたいな高校生が今さら読むから余計なこと考えちゃうのかな。海馬くんは何て言ってたっけ。
今と判断基準が違うから答えが出せない——でもさ、芥川龍之介って『古典から題材をとったものが多い』って書かれてるよ。これって確か授業でやった、ええと・・・仏教説話。仏教の教訓だよね。それって、芥川は昔の価値基準を引っ張ってきて、その時代に当てはめていたってことでしょ? 仏教の価値は時代を超えて不変? 昔に作られたものを今読んでも意味あるのって聞いたとき、海馬くんは言ったよね。だからAIの龍之介なんだって——
カシャカシャ!
美南のシャッター音で、考えに耽っていたことに気がついた。
「なるほど、そうやって、頭の中がぐるぐる回っちゃうんだね」
「——」
「自殺しちゃいそうな文学少女みたいな顔してたけど、めっちゃいい表情してたよ。すげーすてきだった」
「いやぁ」
すてきとか初めて言われたよ。照れる。
でもこまるよ。こんな感じで頭がとつぜんぐるぐる回り出しちゃうんだよね・・・
その一方で美南は、こまっている顔とは対極のワクワクした表情だった。
「うおっ! 今、ユイユイとウィキウィキがミックスして、めっちゃいいネーミング思いついた!」
(3につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます