第26話

 たてと化した半透明の布の上で、犬のような座り方をしている夜之助が、人々に向かって自信満々にほこらしそうに笑って口にする。


「これはね!みんなをまもる為のとても強い結界だから大丈夫ですよっ!」


 夜之助には、いつでも癒される人々、子鬼こおに姿で赤い歯と黒い牙が丸見えでも、いつものようにホッとしていると、結界の前に物凄い音を立てながら、かたまりが一つ落ちてきた。余りの速度で土煙つちけむり煙幕えんまくのように舞い上がり、黒いかたまりの姿が中々視認できない。そこへ、突き抜けるような鋭くりんとした声が響き渡った。


「総指揮官前に、三列横隊さんれつおうたい着陸!」


 鬼の姿をした魅夜乃みやのが、紘之助より少し向こうで漆黒の刀を地面に対して横へぐ水平に、片手で構えている。


〈諜報部隊了解〉


〈暗殺部隊了解〉


〈抜刀隊了解〉


 紘之助と夜之助の姿、アルフォンソが張った結界を確認して、彼等は轟音ごうおんと共に、墜落ついらくと大差ない勢いで、同時に里へ着陸した。大地が揺れ、建物はつぶれ、彼等が立ち上がった場所はことごとく深く深くえぐれている。


 視界がひらけて里の人々が目にしたのは、ズラリと三列に横へ並ぶ巨体。そのひたいからえる漆黒のつの二本、全てを吸い込みそうな漆黒の眼、鮮血のように赤い唇、漆黒の牙、雪より白い肌、鋭い漆黒の爪、その大きな体躯たいくまと様々さまざまな漆黒の装束しょうぞく、美しき鬼、喰闇鬼くろやぎ一族がそこに居た。


 刀をさやに収めると、魅夜乃は紘之助を振り返って片膝かたひざをつき、頭を下げた。この場にいる三百を超える喰闇鬼も、同時にそれにならう。


「幹部連No.15、魅夜乃、始祖氏しそうじ様よりめいたまわり─諜報部隊三十三、暗殺部隊百と七十、抜刀隊百と二十五率いて参上仕さんじょうつかまつりました、御命令を」


 人間達は立ち尽くして、開いた口もそのままに彼等を見ていた。確かに紘之助と夜之助は礼儀正しく穏やかで、誠実だという印象があったが、何百といる目の前の鬼の一族全員に、揃って一矢いっし乱れず動く様子を見せられると、恐ろしさを感じずにはいられなかった。紘之助は、着物のふところから巻物まきものを取り出して広げると、一帯いったいに響く声で指示を出し始めた。


「諜報部隊三名、盾周辺の三方さんぽうに散って里の人々を守れ、誰一人として死なせるな。三十名、山へ散り観測かんそく報告、必要あれば迎撃せよ」


 言い終わった瞬間、手前のほうにいた鬼達が一気にはるか上空までび上がると、四方八方へと散っていった。


「暗殺部隊、左右に扇形態おうぎけいたいを展開しろ、私が合図するまで待機だ」


 百七十の喰闇鬼が、二手ふたてに分かれて里を囲む山の中へ消えていく。彼等が登場したときは、その勢いで轟音ごうおんを立てていたというのに、こと作戦に入るこの段階にいたっては、静か過ぎて耳鳴りがする程であった。


「魅夜乃、抜刀隊百名を左右へ横並び一線、正面から迎え撃て。二十五名、私と共に来い、敵の退路たいろを潰すぞ、誰一人としてのがすな、一人残らず殺せ」


 未だかつて聞いたことの無いような、指揮官としての紘之助の大きな背を見ていた人々は、これがあの普段は穏やかな彼かと耳をうたがっていた。一方いっぽう、今このときにも、人間達には聞こえない諜報部隊員からの報告が、喰闇鬼全員に聞こえていた。燈吾は、全く知らない紘之助の姿に動揺したが、彼等の戦いとは、一体どの様なものなのか、それが気になって仕方がない。里のはしまでぼうと身体の重心を下げた彼に、燈吾は思わず声をかけた。


「紘之助、紘之助!無事に戻ってくれ!」


 その言葉に、紘之助は柔らかな微笑ほほえみを浮かべて燈吾を振り向き[はい]と答えて、再び前を向くと、抜刀隊二十五名の先頭に立って、音もなく遥か遠くまでんでいった。


 この場を去った紘之助の姿を見届けて、魅夜乃が屋敷の前に立った。その左右に、五十名ずつ抜刀隊員が並ぶ。よく見ると、彼等の身体から、ゆらりゆらりとすみ色のなにかが立ちのぼり始めていた。


 それは喰闇鬼一族の特徴の一つ、闇や影に溶け込みやすいよう進化した目に見える殺気だ。放つだけではなく、とどめるすべを持っているのが彼等一族だ。まだ日が沈んでいない状態であるがゆえに、人間の目でも視認しにんできる。





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