第25話

 彼は数日前の夜に、その目で見て、その耳で聞いて、その肌で感じたことを、御伽噺おとぎばなしのことも添えて村の人々に話して伝えた。そして、今まで彼等が、自分達にどれだけ力添ちからぞえをしてくれたか、彼等がどんな人物だったのか忘れないで欲しいと訴えて、紘之助と夜之助に視線をやった。


 本来の人型へ戻って座り、そこから世にも美しい鬼の姿へと変貌へんぼうしてゆく二人を見て、後退あとずさる人々、腰を抜かす者や、泣き始める子ども達も多くいた、しかし誰も逃げなかった。燈一郎の命令で縄でしばられ、猿轡さるぐつわまされている薫子は、何やら叫んでいる様子だったが、そちらを見る者はいなかった。罪を告白した下忍たちは、腕だけをしばられた状態のまま目を見開いている。


 里の人々が落ち着きを見せるまでの十数分間、紘之助はその巨体きょたいで微動だにせず待っていた、夜之助は兄の三分の一ほどしかない小さな身体で彼を見上げている。あやかしと呼んで違いないだろう彼等は、自分たちを威嚇いかくするでもなく、力を誇示こじするでもなく、ただこちらが落ち着きを取り戻すのを静かに待っているのだと、それを感じてやっと、彼等が人の姿で自分たちにどうせっしていたかを思い出した。おびえる者達を前にしても、彼等は人間たちが今までの自分たちを思い出せる状態になれるまで、ただ待った。


 人々が、しっかり自分を見ている様子を確認すると、紘之助は地に拳を当てて静かに頭を下げた、夜之助も兄の真似をしている。アルフォンソは、夜之助のとなりでニヤニヤしながら木の枝にるされている薫子を見ていた。低く、深く、あでやかに空気を揺らす声が、穏やかに優しく響く。


「黙っていて、申し訳なかった…しかし、これだけは信じて欲しい、私達は、この里の人々を守りたいと思っている。鬼の身であろうと、この思いは変わらない。此処ここには不要な巫女も始末させてもらう」


 里の人々は、彼の言葉に何とも言えないような安心感をいだいた。誰からともなく、地面に座り、紘之助に向かって[お願いします]と頭を下げた。その中には、あの三人の下忍もいたが、紘之助たちは知っていた。自分たちがこの世界ページへやって来る前から、彼等がひそかに毎日、藤丸の墓へかよっていた事実を、だから、表立って責める事をしなかった。双方が頭を上げて少しすると、紘之助がゆっくり立ち上がって、燈吾の父である上忍・燈一郎に言った。


「燈一郎様、我等が良しとお伝えするまで、里の者を全員この屋敷にとどめ置いて下さい」


「しかし、これは我々のいくさだ。そなた達だけに助けをうわけには…それに、いくら何と言うても数が…─」


「いいえ、あの巫女が現れなければ、この戦は無かったのです。異界からのしき侵入者しんにゅうしゃの始末は我等の領分りょうぶん、どうかお任せ下さい」


「父上、紘之助を信じて下さい。助けも充分な数が来てくれると聞いております」


 燈一郎は燈吾の真剣さきわまる表情を見て、その雰囲気を肌で感じ取り、無言でうなずいた。そうして、紘之助たちの正面に立つと、頭を下げる。


みなを守ってくれ、頼む」


「承知しました」


 ふいに紘之助が上を向く仕草につられて、里の人々も全員がそらを見上げた、その先には、物凄い勢いで降ってきている漆黒の大きなかたまり幾百いくひゃく


「アル、結界は頼んだぞ」


「お任せを〜」


 アルフォンソは魔人まじんである、魔人とは魔力まりょくを体内で生成せいせいし、それを自らの意思で体外へ放出し、おもに光やそれに属する系統の魔法をあやつる人型の魔物の総称だ。胸ポケットからハンカチを取り出すと、彼はそのかどを両手で持ち、風にのせる様にりかぶりながら口を開いた。


護法ごほう第一級盾布だいいっきゅうじゅんふ展開てんかい!」


 一気にアルフォンソの持っていたハンカチが大きくなり、屋敷全体を覆う。里の人々はザワザワと、アルフォンソに視線をやり驚きを隠せないでいた。とうの彼は、広げた魔力を指一本でささえながら、なつかしそうに耳を澄ませている。





.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る