第23話

 アルフォンソが紘之助の悲しそうな表情を見て、彼の黒い髪を優しく撫でた。紘之助はフッと口元だけで笑んだ、伊達だてに五千年以上におよぶ付き合いをして来た訳ではない。幾度いくども共に修羅場しゅらばを戦い抜いてきた、共に喜びや悲しみを分かち合ってきた、それが仕事であろうと、なかろうと。こういう時は、互いに相手が何を伝えたいのか、言葉にするよりも容易よういに想像がつく。瞳にいつくしみの感情を宿やどして髪を撫でるアルフォンソの手に、自身の手をかさねて頬へやると、紘之助はその手にこぼすように、一雫ひとしずくの涙を流した。


「…すまない、ありがとう」


 アルフォンソは、涙を受け止めた手をそのままに彼に身体を寄せると優しく口付けをした、彼等にとっては珍しい事ではない、紘之助も特に嫌がる素振りなど見せず、流れるような動作で膝立ひざだちになりアルフォンソを抱き締めた。


「優しいな、相変あいかわらず…」


貴方あなたを愛していますからね」


 彼は紘之助の背をでながら、体温を分け合うようにピタリとう。紘之助がおだやかに微笑ほほえんだのを確認すると、アルフォンソは彼の身体からゆっくり離れ、そのままユラユラと手を振り、部屋を出ていった。


 紘之助にとってアルフォンソは、自分がツラいときに必ずそれを感じ取って頼ってもいい、甘えてもいいと言ってくれる、数少ない存在だ。口付け一つで、髪を撫でてくる仕草一つで、安心することができる。燈吾に対する気持ちとは、また別の気持ちだ、言葉にするとすれば、おそらく[最愛さいあいとも]である。


 さて、彼等かれらが眠りにいたころ、二つとなりにある国によろいにつけた兵士たちが大勢おおぜい、広大な敷地しきちに数十万人、まるで絨毯じゅうたんでもいているかのようにひしめき合っていた。青ざめながら、いくつかの地点で、素早くその様子を記録きろくしているのは、紘之助たちがいる里からやって来た中忍ちゅうにん一人と、三人の下忍げにん


 近頃ちかごろ近隣きんりんの国々が、何となく妙な様子であることに気づいた下忍が報告をして、疑問を持った上忍じょうにんからの指令しれいで四人が来てみれば、里へ向かって今にも進軍を開始しそうな雲霞うんかごと大軍たいぐんが目の前に広がっていた。


 一刻も早く里に、この事実を伝えなければならない。翌日の夕方前には谷で落ち合い、四人はそれぞれが集めた情報を確認して、全速力で里への道をいくつかまたぎながらけて行く。


 一方いっぽう、紘之助の故郷せかいでは、ストラーナと大鬼・喰闇鬼之始祖氏くろやぎのしそうじの前に、喰闇鬼一族の実力高い[No.]持ち三百と数十名が集合していた。喰闇鬼之始祖氏くろやぎのしそうじから、命令めいれいくだされるのを待っているのだ。滅多めったにない規模の大きな戦いを前に、彼等の眼には普段よりも濃ゆさを増した殺気が炎のように揺らめいている、そこに朗々ろうろうとした声が響き渡った。


「紘之助の…─耳となり、目となり、鼻となり、牙となれ。人間共に、我等のまいを見せてやれ」


 様々さまざま様式ようしきの、漆黒の装束しょうぞくを身にまとった者達が胸にこぶしを当てて礼をした。次の瞬間、彼等は光の粒子りゅうしが集まり光り輝く数多あまたの線の上を走っていた。キョロキョロと辺りを見回して数秒、先頭のほうにいる者が目当てのモノを見つけたらしい。そこには、一つだけ赤い丸い円がある、彼等は迷いなくソコへ次々と飛び込んでいく、緑に見えるこの空間にある赤い円は、ストラーナが設定した世界ページの時間軸であるしるしだ。


 そこをくぐれば、あとは指定された位置いちに着くのを待つだけ…の、ハズだったのだが、大人数の喰闇鬼一族を一度に異次元へ瞬間移動させるのは、さすがに難しい事だったようだ。全員同じ場所に出たことは良かったが、そこは深海千メートルの場所。彼等は迷わず、全員で海底に向かって泳ぎ始めた。


 彼等の場合、海底をったほうが一番早く地上へ上がれる。早々に海底へ着くと、全員が一斉いっせいに地を蹴った。海底は見渡す限りの広範囲にわたって大きくえぐれたが、えず全員地上に上がることはできた。和装わそうの者が多い中、おかっぱ頭で、一人だけ漆黒のセーラー服を着ている長身の少女が、異世界連絡用装置を取り出して、ストラーナに繋いだ。





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