第22話

 その意向いこうは、喰闇鬼くろやぎ一族をべる至高しこう大鬼おおおにである喰闇鬼之始祖氏くろやぎのしそうじ拷問器具ごうもんきぐから只々ただただ不思議なしなまで幅広はばひろい発明に熱心すぎる変人ストラーナ食人型しょくじんがたに分類されている魔人まじんの中でも飛び抜けた戦闘力せんとうりょくほこり、自ら色んな世界ページおもむいてえさとなる人間を調達ちょうたつしては店のメニューとして出すアルフォンソ、この三人に通達された。


[遠慮なく手伝ってやれ、必要なモノがあればこたえてやれ、お前達が力添ちからぞえをしてシミが消えていくさまは、さぞ面白いだろうな]


 相変わらず趣味が悪いと三人して笑ったが、お前達に言われたくはないと、あるじも笑っていたが、その様子を見た酒場の店員は[全員同類でしかない恐ろしい]と思っていた。紘之助の死の告白を受けてから千年、それはストラーナが、必要になりそうな機器を急ピッチで作りまくっていた時間だ。


 ふと、紘之助が何かに気づいたようだ、人差し指を立てて唇に添えた。彼の耳は、里付近の山で、何者かが紙にふですべらせる音をとらえていた。このタイミングで、なんのためになにしるしているのか、その音をあたまの中で明確に形状化けいじょうかしている。


 これは、喰闇鬼一族の中でも特殊とくしゅというか、優れた五感を持つ中でさらに飛び抜けた感覚と異能いのうを持って産まれた紘之助だからできる事だが、普段はその鋭敏えいびんな感覚をある程度抑えてくれる機能をそなえた指輪をめている。ちなみに、彼の弟である夜之助も[同一種族に限り一方的なテレパシーを送る事ができる]という異能を持っている。


 静まり返ったこの時間だったからこそ、指輪をしていても形になって聞こえたようで、その唇のはしがニヤリとり上がった。紘之助が近くに置いてあった風呂敷包みから巻物まきものふでを取り出すと、サラサラと文章を書き始めた。内容は、里の造りと、いくつかある屋敷の位置や規模きぼについて。


「来たな、奴等やつらとは入れ違いか、忍び物見ものみ


「そのまま返します?」


「当然だ、きっちり報告してもらおう。我等われらは直前まで知らぬ振りを決め込むだけで良い」


「承知しました~」


 アルフォンソの軽い返事を聞き流しつつ、紘之助は、文章を書き終わった紙に落書らくがきをし始めた。よくよく見てみると、それは落書きではなく、この里と周辺の地図だった。矢印やじるしまる、数字やアルファベットを朱色で書きしながら、彼は楽しそうに笑っている。好き勝手に動けることは、喰闇鬼くろやぎ一族がける仕事の場面では少ない。だからだろう、鼻歌はなうたまじりの彼が上機嫌じょうきげんで当日にむけての展開図てんかいずを書きこんでいるのは。


 詳細は分からないがえず書き終えたのか、紙がかわくのを少し待って巻き直すと、それをふところに入れて横になった。彼はアルフォンソに視線を合わせて、一つ質問した。


「お前にとっては来たばかりの所だが、この世界ページをどう思う」


 彼等が住み着いている世界ページに平和はない、そこそこの野望や謀略ぼうりゃくがあったとしても、平和を謳歌おうかしているのは天上界にいる人間達だけだ。地上や地底には、血のの多過ぎる魔物達がわんさかうごめいている。一応の均衡きんこうを保つために、神々が個体の属性ぞくせい有用性ゆうようせいかんがみて、いくつか存在している方向性の違う区画くかくに分けて共存させている。


 アルフォンソは、地上の中でも様々な専門店がひしめき合う中央部の交易こうえき都市・王都イルベスタに、食人型の魔物たちをターゲットにした[アル・ベル]という食人肉専門店をいとなんでいる。そこを拠点きょてんにしているアルフォンソにとって、この世界ページ少々味気しょうしょうあじけない、みなややつつぶかく、同じような日々を繰り返しているのだろうと、すぐに気づいた、だが彼は楽しいことやにぎやかな事が大好きだ。


 そう正直に伝えると、紘之助は何かを考えるように天井を見つめながらまぶたを閉じてボソリと言葉をこぼした。


「…そうだな、私も此処ここで数十年暮らせと言われたら、無理だと答える」


 一瞬どうしたのかと思ったアルフォンソだったが、燈吾のことで思うところがあるのだろうと見当けんとうがついた。かの少年は人間だ、紘之助は鬼であり、一族の戦闘部隊に属する仕事の総指揮をとっているに等しい。一族総取締役・喰闇鬼之始祖氏くろやぎのしそうじの右腕だ、いつまでも留守にはできない。愛しい人と、いつまで一緒に居られるのだろうか、そのおもいが、紘之助の胸をめつけていた。




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