第21話

 部屋へ戻ると、紘之助はまだ頬が色づいている燈吾の前で人型へと戻り、再び輪っか状のピアスをめて、声帯変換装置を喉に突き刺した。燈吾がこの一連の流れを見るのは二度目になるが、仕組みが全く分からないのは紘之助も同じようなので、とてつもなく変わったカラクリがあるのだろう。と、結論付けつろんづけた。


 そこへ、ちょうど夜之助がやって来た。燈吾は、そういえばと彼に対して疑問を口にした。


「そなたも鬼か?」


「はい、兄上とは違って、まだ百年も生きてないので元の姿になっても小さいです、これくらい?です」


 そう答えながら、夜之助は自分の目のあたりで手を水平にしてクルクルと回した。今の姿より小さいのかと、紘之助の鬼の姿を思い出しながら、その違いに驚く。もはや、彼等が何年生きているのかは、考えることをめにしたようだ。紘之助が、夜之助から受け取った羽織りを、燈吾の肩にそっと掛けてその手を取り、フワリと微笑む。


「お風邪をされませんよう、温かくしてお休み下さい。夜之助がお供致します」


「-っ、分かった」


 紘之助の部屋を出て、自室へ続く廊下を夜之助に送られながらも、燈吾の頭の中は紘之助のことで一杯いっぱいだった。布団に入り寝ようとしても、色々な彼を思い出して中々寝つけなかった。色恋いろこい身悶みもだえている場合ではない事など分かっているのだが、あまりにも大きな衝撃しょうげきが一度にその身を襲ったのだから、仕方の無いことと言えばその通りである。


 その頃、紘之助は今夜こんやの幸福感をめながらも、もなくやって来るだろう事態じたいそなえて、ストラーナと連絡を取っていた。


「ああ、そういう事だ」


『分かりました〜、じゃあ、その日時にちじに間に合うように準備しときますねっ』


「頼んだぞ」


『はい〜』


 必要事項ひつようじこうを確認して通話を終えると、障子しょうじの木枠部分をノックする音がした、アルフォンソだ。紘之助が部屋に入れると、彼は珍しく柔らかな笑みを浮かべながらたたみに腰を下ろした。眉間に皺を寄せて睨んでくる紘之助を見て、アルフォンソは声を押し殺して喉の奥で笑う。


「見ていたな?」


「目と耳は良いですからね、喜ばしいと思っただけですよ。夜之助くんも喜んでいましたし」


「…まったく…、それはそうと、追加の報告か?」


「えぇ、実にいいタイミングで彼等に任務が振られたので、二日か三日以内に戻って来そうです」


 その言葉を聞いて、紘之助は[そうか]と薄ら笑いを浮かべる。彼の笑みを見て、[やはり鬼よ]と思いつつ自身の肌が総毛立そうけだつのを感じながら、アルフォンソも不気味な笑みを浮かべているこの状況、他の者が見れば卒倒そっとうするに違いない異様いような空気が、部屋に満ち満ちていた。


 二人は、人間の耳では聞き取れないほど小さな声で、ささやき合うように話をめていく。彼等の作戦が決行けっこうされる予定の日まで、あと数日、少しずつ舞台へ上がる役者がそろい始めていた。このせかいに、この世界ページに、本来ならばまぎんではならないものがシミの様にあとを色濃く残そうとしている。


 それは、普段ならばあざけりはしても放っておくような、そんなあるじの目にもあまったらしい。無尽蔵むじんぞうに造られ増えていく世界ページの中でも、紘之助やアルフォンソがいている世界ページは、せかいあるじにとっても特別な場所らしく、よく酒の席を共にする。


 そこで話した紘之助の前世のざまが、自分が放っておいたシミによって巻き起こされた事だと知って、少々しょうしょうかんさわったようだ。前世の記憶持ちは珍しい、酒呑さけのみ仲間でもある者の前世での死を決めたのが、自身あるじさだめた法則ほうそくの中でつづられていく世界ページに落ちたシミそのもので、それが勝手に侵食しんしょくをし始め、文字いのち外観がいかんゆがめたせいとなると、これは気に入らない。


 ならば、滅多めったにしない事ではあるが、紘之助にはあるじたわむれの為という、よくある命題めいだいでその世界ページへ行ってもらい、その手でシミの排除はいじょに動いてもらおうという流れになったのだ。





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