第18話

 燈吾の声が、紘之助の耳元で囁かれる。その声も身体も震えていて、自分が気づかぬうちに何か恐ろしい目に合ったのかと青ざめたが、彼の言葉を理解した途端とたんに、筆舌ひつぜつくしがたいほどの幸福感と罪悪感にさいなまれた。


「お前まで失うことになったらどうしようかとっ…おもうたぞっ!みなが納得したから良かったモノのっ」


 燈吾は、家臣たちにしめすため、里の者たちが彼等にどう対処たいしょするか、自分達で決められるように、あの場で発言した。家臣たちの総意そういもって、その上で自分が決めなければならない大事なことだと、おのれの気持ちを後回しにした。紘之助は、襦袢じゅばんに染み入る燈吾の涙を感じながら、優しく抱き締めかえす。


「申し訳ございません…」


「-もう、もう隠し事はないな?もしもあるなら、まだあるのならば、いま教えてくれっ…頼むっ…」


 せつなる心からの願いの声に、何処どこまでかなえるべきか、紘之助が悩み押し黙っていると、自分を抱き締める燈吾の腕に力が込もった。そして、紘之助は決めた。


「-…御伽噺おとぎばなしを、聞いて下さいますか?私の、御伽噺です」


「聞く」


 決して大きくはない紘之助の手が、自分の背の上で震えているのを、燈吾は感じていた。


何処どこから話そうか…-)




{-…ある夜、駆け出しの下忍であった少年が、任務を終えて自室へ向かっていると、おさない頃から共に修練しゅうれんはげみ、共に任務をこなしてきた仲間たちに、縄でしばり上げられ山に連れて行かれました。}


 そこまで声に出すと、ビクリと燈吾の身体が固まった。おそらく何を話そうとしているのか、思い当たったのだろう。


{少年は、同胞どうほうの瞳に狂気を感じて逃げようとしますが、木にぶつかって止まってしまいました。彼等は、悪い巫女みこあやつられていて、少年を信じようとしません。}


 今度は、キツく紘之助を抱き締めていた腕がほどけて、細い肩をつかみ、身体を離して目を見開いている。


{少年は爪をがれ、指を切り落とされ、あしを失くし、腕を切り落とされました。少年は、最期の言葉を途中までつむいで死にました。}


 燈吾は気づいた、この話が、藤丸視点での話である事に。彼は…紘之助は…、最期さいごの言葉を〝途中まで紡いで死んだ〟と言った、首をり落とされたことを知らないのは、藤丸だけだ。一方いっぽう、紘之助はその事実を、この世界ページへやってきた日には知っていた、気をつかってくれているのだろう里の人々にも、燈吾にも、わざわざそこまで言う必要はあるまいと考えたのだった。


{少年が、朦朧もうろうとしながら言ったのは〝人はいさ 心も知らず ふるさとは-〟それが少年の最期の言葉だったことを知っているのは、今となっては、鬼の子として生まれ変わった少年と、彼の目の前にいる少年だけとなってしまいました。}




 藤丸を殺した下忍たちには、聞き取れないほど小さく途切とぎ途切とぎれだった記憶が、紘之助にはある。今にも涙がこぼれ落ちそうな燈吾を見て、すでにハラハラと涙を流している紘之助は、この先どう彼にせっすればいのか、それだけが分からなかった。


 彼は、知って初めて納得した。双子なのだから、一緒に育っておらずとも、色々なところがるのは当然な事なのだと、何度も何度も自分に言い聞かせてきた。時々とはいえ、紘之助に藤丸を重ねてしまうのは、自分が未熟だからだと責めてきた、同時に、何度願ってきたことか。紘之助が藤丸だったならと…-


 燈吾は、紘之助の目元を親指でなぞった。


「…鬼には見えぬ」


「…正直に、申し上げます」


 ひざの上で、拳を握り締める紘之助の頬に触れると、燈吾が涙を流しながら微笑ほほえんだ。本当は何者なのか、その答えを、ようやく知れる機会が訪れたのだから。彼の柔らかな微笑びしょうを目にして、紘之助はやっと、この里へ来てから一番知らせたかった人間に、本当のことを言えるのだと、言葉をしぼり出した。


「この姿は…前世の姿、もう一つ人の姿、そして、鬼の姿がございます。もし…」


「見せてくれ、本来の姿も、私は見たい」





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