第16話

 普段は真逆の事をしている彼等だ、あらかじめ使う様式ようしきを宣言しておく事で長年の付き合いがあれば、どのかたをどのタイミングで出すのか知らせることが確実にできるし、通常より神経を研ぎ澄まさなければならないこの状態にいては、進み過ぎないように、引き過ぎないように双方のダメージを最小限にすることができる。


 ただし、人間が目視もくしできるレベルまで速度を落とすとなると、動きに集中する関係で、気のコントロールが難しくなる為、外へ外へと殺気が濁流だくりゅうのように流れてしまう。それに押されるようにして燈吾が後ろへよろめくと、彼のななめ後ろに控えていた夜之助が主人の前に出た。夜之助はまだ小さいので、二人の動きを見ることに支障ししょうはないが、珍しい事だと燈吾は思った。


御前おんまえに立つ無礼を御許しください。おれがたてになります」


[盾]と言われても、すぐには分からなかったが、彼が自分の前に移動してきた時から、普通に立っていられるようになった事に気づいた。紘之助と夜之助は兄弟であるし同じ一族だ、何をすればどんな影響が出やすいかを、ほぼ把握しているのだろうと考えた。


「助かる、礼を言うぞ」


「光栄です」


 燈吾を見上げてニッコリ可愛らしい笑顔を浮かべると、彼自身も目の前の演武えんぶに集中した。二人は、棒立ちの状態で両手に武器を逆手さかてで持ってふところを隠すように構えたところで、燈吾の耳に甲高かんだかい耳鳴りのようなものが聞こえはじめた。身が切り裂かれそうな鋭い空気の中で、予備動作もなく紘之助とアルフォンソの身体がちゅうにフッと浮いたかと思えば、一気に間合まあいを詰めた。刹那せつな金属音きんぞくおんが響き上がる。それは、まるで彼等自身が武器その物であるかのような動きだった。


(…またたきもできぬ…)


 ぶつかり合って離れた二人は竹林ちくりんの王、虎のように見えた。地面に足がめり込むほど前へ踏込ふみこんで、身体を素早くひねりながら物凄い速さで風をり裂くように両手の武器を振り抜いた、彼等のタイミングが完璧に重なって接触した得物えものが、激しく火花を散らす。そのままの勢いで回転しながら半歩はんぽ背後うしろへ下がると、風のうなるようなにぶい音を立てて振り上げられたあしが交差し合い、殺気の衝突しょうとつで発生した衝撃波しょうげきはが空気にビリビリと振動しんどうを伝えた。


その脚を振り下ろすと、また地面にあとを残してひどく重い音を立てながら息吐いきつく間もなく反対側の脚が交差し合う。今度はその反動を利用して回転しつつクナイとフォークがぶつかり合って、激しく火花が飛び散った。舞うように優雅ゆうがで、燃えさかる炎のように猛々たけだけしい殺し合いのためのわざを見たと、燈吾は思った。


 火花が消える頃、紘之助とアルフォンソは共に長く息をきながら、始まりと同じようにちゅうにフワリと浮くようにして距離をとると武器を仕舞しまい、燈吾に向かって礼をした。が、彼は、あの渦巻うずまく殺気、飛び散る火花、めり込む足元、重量感に満ちた一撃一撃、えがくように削れていく地面、あれはしのびわざではない。彼等は、本当は何者なにものなのかと、さらに眼前がんぜんに広がる折れた木やヒビの入ったへいを見て、茫然ぼうぜんとしていた。


 夜之助が斜め後ろへ移動して控え、首を傾げるアルフォンソと、何かまずかっただろうかと焦りが顔に出始めた紘之助を見て、燈吾はやっと我に返った。身体を慣らすために庭へ出たハズが、あっという間に身体をほぐし自身のために本格的な演武えんぶを見せてくれた二人へ、拍手を送る。と、怒濤どとうのような殺気を感じて集まって来ていた家臣たちは、恐ろしくて近づけなかったのか遠くのほうから拍手をしていた。






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