第13話

 数日後、紘之助たちが暮らす里近くのとある山、昼でも暗いその場所に、闇色やみいろの切れ目が見える。そこから現れたのは、ゆるくウェーブしているように見える焦げ茶色の髪と、切れ長でパッチリとした二重の眼が印象的な細身の青年だった。ニンマリと不気味な笑みを浮かべ、右手に持った風呂敷包みを揺らしながら足取り軽く里へ向かっていく。知人の気配を察知さっちした紘之助は、感覚を取り戻すための修練を手伝っていた燈吾に囁いた。


「燈吾様、そろそろ私の知人が里へつく頃ですので、迎えに行ってまいります」


 振り返った燈吾は、その言葉に一瞬不安そうな表情をした。いまだに、そのまま手の届かない場所へ彼が消えてしまうのではないかと、藤丸を失ったときのような言い知れぬ喪失そうしつ感を再び味わうのではないかと、紘之助に藤丸を重ねてしまうのだ。今のように修練を手伝ってもらうとき、身体の動きを誘導ゆうどうしてもらうとき、燈吾は自身より少し小さな紘之助がもたらしてくれる安心感にゆだねることが出来た。


 それは藤丸といた時とは違うもので、しかし似た感情でもあったが、認めたくなかったのだ。認めてしまえば、藤丸と過ごした日々に対して背を向けたり、忘れてしまう事になるのではないかと思っていた。あれほど愛しかった日々を-


「………すぐ、帰ってきてくれるな?」


勿論もちろんでございます」


 普段あまり表情を変えない彼が、こういう時には、どれだけ周囲に人がいても優しくやわらかく微笑ほほえんで、少し腰をって礼をする。紘之助は、すっかり自身が藤丸であった前世の記憶を取り戻し、日々つのる切ない思いをかかえながら過ごしていた。


 燈吾は、紘之助と出会った日からゆっくりと、時間をかけて自分と接するときの彼の態度が、やわらかくなってゆく事を肌身で感じ取っていた。


 すでに馴染み深くなってきた彼の動作にホッとした燈吾は、ゆっくりとうなづいた。その様子を確認してから、紘之助はその場を去って山に入ると、ひとっ飛びで里のはしまで移動した。目の前には、見慣れた不気味な笑みをたたえる青年アルフォンソ、彼は紘之助の姿を見ると目を見開いて固まった。


「-えっ!?紘之助さん!!?マジで!?」


「だったら何だ…」


「うわぁ…連絡いただいた時、声高いなとは思ったんですけど…前世、そんな可愛らしい見た目だったんですね」


 雰囲気は変わらないが、アルフォンソが見慣れている紘之助とは余りにも見た目が違いすぎて、驚愕きょうがくの反応をしてしまったのだった。若干だがムッとした表情を見せる紘之助、その視線がアルフォンソの右手に移った。


「やかましい、で、その金属音のする包みの中身は…ナイフとフォークか」


「はい!」


「…まぁいい」


 元気のいい返事に脱力した紘之助は、アルフォンソに背を向けて一言[乗れ]と言うと腰を落としておんぶする姿勢をとる。アルフォンソは喰闇鬼くろやぎ一族とは得意分野が違う、ひとっ飛びで数キロを移動できるような跳躍力ちょうやくりょくは持ち合わせていないし、どちらかと言えば人間に近い魔物だ。ただ、かつて一騎当千いっきとうせんの魔物たちが群雄割拠ぐんゆうかっきょしていた時代を戦い抜いて来ただけはある戦闘能力の高さを保持ほじしている。


 燈吾のいる屋敷近くまで戻ってくると、背から降ろしたアルフォンソの姿を上から下まで眺めて、果たしてこのまま彼を燈吾の元まで連れて行って大丈夫だろうかと考え込んだ。焦げ茶の長髪は三つ編み、上はふんだんにフリルがあしらわれた白いシャツ、下は革製の茶色いスキニーパンツ、履いているのは黒いショートブーツ…アルフォンソが首を傾げた。


「一応考えてコレで来たんですが…ダメでしたか?」


「…燕尾服えんびふくで来なかったことは褒めてやる」


 彼の顔の造形は、この辺りで見かける者達とは明らかに違っている。その出身地は、ある世界ページに存在する地球という惑星のイタリアという場所だ、不老不死種族食人型魔人ふろうふししゅぞく・しょくじんがた・まじんとして登録されている。褒められたことを素直に受けとってニコニコし始めた彼を連れて、紘之助は屋敷へ入ると、燈吾のもとへ向かった。





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