第12話

 それから更に一週間がつ頃には、二人ともかなり里に馴染なじんできていた。燈吾の精神状態や身体の具合も、藤丸を亡くした頃からすればだいぶ良くなり、彼の親兄弟を含め、家臣達も、里の者達も、二人の少年に感謝と歓迎の意を表するようになっていた。


 今や彼等からひっそり遠ざかろうとするのは、藤丸を殺した三人の下忍と、藤丸暗殺をめいじた巫女みこ花形はながた 薫子かおるこのみ。里の人々は少しずつ、ほんの少しずつ巫女に疑問をいだき始めていた。


 紘之助と夜之助がこの里に現れるまで、巫女は頻繁ひんぱんに人々の前に出て、きらびやかな姿を見せびらかせていたというのに、この二週間というもの、全く公衆の面前に出てこない。最初は、やまいかかったのではと心配した者が、様子をうかがいに行ったりしていたのだが、いつも襖越ふすまごしに追い返される。


(-どうすればいいの…どうすれば…)


 彼女は、ただおびえていた。藤丸の双子の兄と、その弟が[藤丸のかたきちにやって来た]という情報を得たときは、自分が画策かくさくしたことに辿り着けるものかと、自分には里の者達が付いている、そう信じてうたがわなかった。


 ところが、いざ箱を開けてみれば何という事か、優秀で人望があつく人々に愛されていたのに、突然無残にも殺されてしまった藤丸のために、真面目で実直じっちょくで実力は藤丸の遥か上をゆくと言われる双子の兄と、働き者で愛想が良く実力も申し分ないと言われる弟が情報を集めているという。


 彼等がいようと関係ないと考え、最初は人前に出ようとしていた薫子だったが、いざふすまを開けて部屋を出ようとしたとき一番に見えたのは、庭に立ってジッと彼女を見つめる三人の下忍、そう、藤丸暗殺を実行した者達からの懐疑的かいぎてき眼差まなざしだったのだ。


 巫女は、まさか藤丸をおとしいれるために並べ立てた嘘が、全て嘘だとバレたのではないかと一気に不安になった。この異世界トリップという目にって彼女が持ち合わせていたのは、戦国時代のあらましくらいだった。それを時々提示するようになった頃から、巫女と呼ばれるようになった、色々なものを欲したが全て叶えられた。藤丸だけが、彼女になびかなかったのだ、だから思い知らせてやろうと思って嘘を並べ立てたら、彼等は全てを真に受けてそのまま藤丸を殺した。


 不安で不安で、モヤモヤとした気持ちを解消できないまま迎えたとある晴れた日の昼、ついに巫女の身に恐怖が降り掛かる。聞覚えのある声がして、思わずふすまの手前まで駆け寄る彼女は、彼の心地よい声を忘れる事ができないでいた。


「巫女殿、此処ここはこの先、貴女あなたが知る歴史とは別の道を辿たどるでしょう、我が弟…藤丸のかたきつ日が近いことも、合わせてお知らせに参りました。それでは、失礼致します」


 あんに、彼女が異界のものであること、藤丸暗殺を命じたのが巫女だと知っているかのようなことを襖越しとはいえ、こんな昼間に堂々と宣言しに来た紘之助の考えが分からず、薫子は座り込んだ。いつ死が襲い来るのか、その恐怖をジワジワと思い知ればいいという単純な気持ちしか彼にはなかったが、珍しく感情のままに言葉を発してスッキリしていた。


 その場を後にして、近くの山にある大木の天辺てっぺんまで来ると、順調に心身しんしんの具合が良くなってきている燈吾に、見せると約束した体術を披露ひろうする日も近いだろうと予想して考え込む。以前連絡をとったアルフォンソに、再び連絡をいれた。


『おや?そろそろですか?』


「そうだな、近いうちに里近くへ入ってくれ、くれぐれもにな」


 アルフォンソがクスクスと笑っている様子が伝わってきて、紘之助の頭にはストラーナの笑顔が浮かんだ。


「次にそらから落としたら首十本だと伝えておけ」


『…あはっははっ、かしこまりました〜』


 今度は、明確に声を上げて笑うアルフォンソの返事を聞いて通話を終えると、紘之助は燈吾のいる屋敷に向かって跳躍ちょうやくした。





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