第11話

「紘之助、頼みがある」


なんでございましょう」


「お前の体術たいじゅつを見たいのだ」


 燈吾の素直な気持ちに、紘之助は瞬きのほど押しだまった。その一瞬の反応に驚いたのは、夜之助だった。


「…では、燈吾様が御回復ごかいふくなさったら直ぐに、で宜しいでしょうか」


「分かった」


 彼にとって兄は、軍勢ぐんぜいと呼んで差し支えない数の兵隊に対して、同時にいくつもの作戦の指揮しきに当たり、どんな状況にあっても瞬時に判断をくだし、戦場の動きを我が物にする偉大いだい殺戮者さつりくしゃである。その紘之助が、ほんの一瞬の事とはいえ一人の人間の言葉で焦ったり黙ったりと、感情の揺れをおもてに出す。目の前の少年-燈吾は、一体どんな人物なのか、知りたい、と夜之助は思った。


側仕そばづかえ、ちょうど良い!)


 夜之助と共に燈吾の部屋を出た紘之助は、[体術]と言われたことに頭を悩ませていた。何故なぜなら、彼等は身体能力が非常に高い上に、鋼のような皮膚や筋肉を持ち合わせた豪腕ごうわんの一族だ、幹部になれるような者であれば、その視野は広く遥か遠くのモノの動きも見分け、数キロ先の言葉を拾える者も少なくない、嗅覚も鋭く標的ひょうてきの血一滴すらぎつける。暗殺、諜報に関しては、まず標的が気づく前に、全て片を付けるのが彼等の流儀りゅうぎだ。殲滅戦せんめつせんであるなら、特攻部隊と諜報部隊を投入とうにゅうし、あとは拳一つで片が付く、一瞬で終わるのだ。殲滅戦の仕事で使うたぐいのそれらは最早、体術ではなくただの殴り込みや斬込きりこみでしかない。


 実力で拮抗きっこうするような種族とは、不可侵条約もしくは協定を結んでいる。せかいあるじが、好戦的なバケモノ達をひろい集め、たった一つの世界ページに放り込んで、約二万年前に天上界へ人間を追いやり、それぞれが好き勝手な進化をしてきた結果、混沌カオスそのものが広がる世界ページになった。あるじは、そういうものを見て楽しんでいる。


 殊更ことさら悩ましいことに、喰闇鬼一族同士で殴り合えば周囲を巻き込む大惨事になるし体術の披露ひろうにはなり得ない、人型の他種族を呼びつけるなら、対価が必要になる。


(-対価、対価、ん?あぁ、良いのがあったな、そういえば)


 ポンッと拳を手のひらに打ち付けると、紘之助は異世界連絡用機器から知人の一人であり協定を結んでいる者に連絡をいれた。


『アルフォンソでございます』


「一つ頼まれてくれ-」


 数分話したのち機器をオフにして、たぶん何とかなる、と一息つくとやっと布団で横になった。次の日には燈吾が言っていた通り、夜之助は彼の側仕えとなり、紘之助は家臣の仲間入りを果たした。お役目がきちんと務まるのかという心配の声はあがったが、一週間ほど様子を見ていてくれという燈吾の言葉で、一応の了解を得られた。


 その日から夜之助は、進んで燈吾の口から紘之助の前世、藤丸の話を聞き、時には紘之助の話を差しさわりのない範囲で語り、身の回りの世話をせっせと行い、書物を読みあさりながら人間の身体にいとされる食事も用意し、少しずつ彼に体力が戻っていくように尽力じんりょくした。


 夜之助の評判は、またたく間に上昇していったし、兄であり一族の指揮官である紘之助が、何故なぜこの人間にだけ色々な表情を見せるのか、それも何となくだが分かってきたのだった。一方で紘之助は、長年のくせを抑えがたかったらしい、元の世界ページで使っている刀は特別にあつらえたもので、ゆえに最大限力を抑えても武器を持たされるとつい、刀を持てばつかごと折り、手裏剣を投げればまとごと粉砕し、クナイを放てば木が折れる、水に潜れば三日も一切顔を出さず、狩りをさせれば五分とせずにどデカいくま仕留しとめてくる、自分達の遥か上を悠然と超えてゆく化け物じみた紘之助に対して、燈吾の家臣であるみなが[敵でなくて良かった]と思っている状態だった。





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