第10話

 簡潔かんけつに、知りたいことを伝えてくれる紘之助の表情は伏し目がちで、どごか哀愁あいしゅうを漂わせているように燈吾は感じた。彼はどんな人物なのか、何が得意で何が苦手なのか、何を好み何を嫌うのか、それが気になってきていた。


 藤丸は、駆け出しだったとは言え、下忍の中でも優秀なしのびだった、頭の回転がはやく、どんな場面でも上手うまく切り抜けて任務を遂行し、ここへ帰ってくる。あの夜、彼は報告をねて燈吾と普段より長く話をした、そしてそのまま消えて殺された。生前の藤丸が、燈吾に向かって最後に残したのは、優しく愛しそうに微笑ほほえむ姿だった。


「藤丸は、藤丸らしく生き抜いたようですね…愛し愛され、きっと幸せだった事でしょう。遺された無念は必ずや、晴らしてやりましょうぞ」


 心にドッシリとした重みを感じさせるその言葉に、うなずきながらまた想いが込み上げてきて、燈吾の目に涙がにじんでくる。紘之助は、何度でも燈吾に[必ずかたきつ]と口にする。そこに居るのは、確かにまだ十四の少年であるのに、何故なぜこんなにも[必ず叶う]と思えるのか不思議だった。


 藤丸との会話は燈吾にとって、とてもおだやかでなごやかで、いつも優しい気持ちにさせてくれるものだった。紘之助との会話は、静寂せいじゃくに包まれた深い森の奥で、ひと瞑想めいそうしているような気持ちになる。性質が違うのだ、些細ささいな動作や視線の流れが似ていても、藤丸は死んだ、燈吾は彼の頭部を胸に抱いて涙した、再び藤丸に会うことは叶わないと分かっている。


 それでも、恋しい彼に瓜二つの紘之助という人物を前にすると、その中に藤丸を求めてしまう。そんな燈吾の様子を見て、紘之助は少し切なそうに苦笑した。かつて互いに愛し合っていた人を前にしているというのに、燈吾は紘之助ではない者をまだ愛している。随分ずいぶんと記憶が戻ってきた紘之助にとってそれは、喜ばしいことでもあり、寂しいことでもあった。


 悲しみと寂しさを混ぜ合わせたような笑みを浮かべている紘之助の表情を見て、ハッとした燈吾は、心の中心から何とか一旦いったん藤丸のことをすみへ置いて、話をらすように紘之助に質問をした。


「紘之助、そなたの一族は諜報活動を生業とすると言っていたな、どれほどのモノか気になっているのだが…」


「-左様さようですか、では、夜之助」


 質問に答えず、彼は弟の名前を口にした。燈吾が不思議そうに首を傾げた瞬間だった、一切の音をたてること無く、天井から足元に夜之助が降ってきた。その胸元には巻物まきものはさまれている、一体いつからひそんでいたのか、自身と紘之助以外の人の気配など微塵みじんも感じさせず、会話の内容と様子を記録していたというのかと、燈吾はまたひどく驚いた。


「…これは…夜之助、いつから天井裏に?」


「兄上が座ったときからです、修練のために、お許し下さい」


 まだ幼く見える夜之助が、巻物を燈吾に渡した。巻物のひもほどいて広げると、美しい文字で事細かにビッシリと書き込まれており、彼はさらに驚いた。夜之助は見習いだと言っていたのを思い出したのだが、見習いでこれならば紘之助はどうなのか、彼等を敵に回した者達がどれほど恐ろしい末路を迎えるのかまで考えて、燈吾は彼等が今回のことに対して、味方をしてくれることの力強さを感じずにはいられなかった。それと同時に、[非常に高い身体能力を持っている]と聞いたことも思い出し、体術も見たいという興味がいてきた。





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