第9話

 何が起こったのか分からない燈吾、やってしまったとちぢこまらせる夜之助、この場をどうやり過ごそうかといまだ天井を見詰めている紘之助。数分後、その視線を燈吾に向けた紘之助は、ニッコリと笑った。


「申し訳ございません燈吾様、夜之助は石頭でして、たたみのちほど私が取り替えます」


「…そ、そうか。分かった」


 畳どころか、その下の板にも穴がいているのだが、そこはもう見なかった事にしてくれと言わんばかりの笑顔に圧倒あっとうされた燈吾は、うなずくことしか出来なかった。彼等は確かになにかを自分に隠している、少し寂しい思いになったが、いずれきっと教えてくれるはずだと、気持ちを切りえることにした。


「そういえば夜之助、そなた歳はいくつだ?」


 愛しい恋人を殺した者が彼等を狙わないとも限らない、学舎まなびやや他の場所で情報収集をするだろう紘之助は、常時じょうじ燈吾と共にいる訳にはいかなくなる。であれば、夜之助だけでも側仕そばづかえとしてかかえ自身が彼を守れるようにと考え、藤丸と双子である紘之助の年齢は十四だと分かっていたから、夜之助にもまず当たりさわりのない質問をしたのだった。


 はたと、夜之助が何歳の設定でいけばいいか決めることを忘れていたことに気づいた紘之助、ほんの一瞬固まったのちに、人間では追えない速さで指を一本立ててにぎこぶしを作ると元の位置に手を戻した。ハッキリとその動きを見ていた夜之助は、背筋を伸ばして燈吾のといに答えた。


「今年でとおになりました」


「ふむ、もといた里では何をしていたのだ?」


「えっと…修練しゅうれんと、諜報活動のための見習いを」


 この辺りは、誤魔化ごまかす必要もないだろうと検討けんとうをつけた夜之助は正直に答えたが、燈吾は少し驚いていた。幼さが十分に残っている目の前の少年が、立派に下忍として動けるだろう実力を持っているとさっしたのだ。あまり守る必要はないのかも知れないが、用心するに越したことはないと彼は、あごに手をえて少し考える素振そぶりを見せると、紘之助に視線を合わせた。


「紘之助、その…夜之助のことだが、私の側仕そばづかえとして構わないか?お前は、藤丸の後継こうけいとして肩書きは私の家臣かしんとしたい」


 要するに、夜之助をそばに置き、紘之助を藤丸がいたせきえたい、そう燈吾は言うのだ。いくら何でも、それは急すぎるのではないかと紘之助と夜之助は思った。


 今日、数時間前に里に現れたばかりの紘之助と、つい先程現れた夜之助、そんな二人であるのにもかかわらず、突然お役目やくめ付きとなる。いくら藤丸の兄弟だとしても、これでは、この屋敷の者達から反感を買ってしまうのではないかと焦ったのだ。そう正直に伝えると、燈吾はふわりと柔らかな笑みを浮かべた。


「お前達を、私は信じる。ほかの者達も、お前達を見ていれば必ず、役目に相応ふさわしいと納得するはずだ。期待しているぞ」


 どうやら、既に燈吾の中では決定された事項じこうのようだと受け取った二人は、承諾しょうだくの言葉を返した。畳を取り替え、夜之助に気をつけるよう言い聞かせたその夜、紘之助は燈吾に呼ばれて布団の側近そばちかくに座り、その死をいたむように語られる藤丸との思い出話をなつかしみながら聞いてた。


「紘之助、お前の里の話を聞いてみたい」


「私の里ですか、そうですね…諜報ちょうほう活動を生業なりわいとする一族の里です、大方おおかたの者は身体能力が非常に高い傾向けいこうにありますが、藤丸は途中で移動してしまったので、今の私と比べると少し劣っていたかも知れません」


 暗殺、拷問、突撃部隊、鬼の一族である事と、此処こことは違う世界ページである事を伏せて説明した結果、随分ずいぶんと平和な一族が暮らす里の話になってしまった。





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