第8話

 まだ轟音ごうおんがした場所に辿たどり着くまで随分ずいぶんと距離はあるのだが、彼はかまわず言葉を発した。彼等一族の五感は桁外けたはずれだ、魔術などは使えないが、他が優れているが為に重宝ちょうほうされている。


「着替えて変化へんげを終えてから此処ここまで来い、そこにいるのは都合が悪い」


〈はい〉


変人ストラーナめ、首二本に変更だ)


 数分後、輪っか状のピアスをつけて、藤丸に似ている可愛らしい姿になった十歳前後の少年が、木々の間をうようにして現れた。


「お待たせしましたっ、兄上あにうえ


 それは紘之助の実の弟、夜之助やのすけだった、まだ産まれて百年もっていないが、優秀で諜報部門の見習みならしゅうに所属している。因みに紘之助は、ほとんどの仕事にさいして指揮官しきかんにんいている。


変人ストラーナに何を言われて来た」


 微妙に機嫌が悪そうな兄を見て、彼はしどろもどろになりながら説明した。いわく、大変そうに見えたら手伝ってやれ、という風に言われて来たらしいが、紘之助からしてみれば居るほうが大変そうだとしか思えず、また溜息がこぼれた。


 兎にも角にも、今回は嘘偽うそいつわりのない実弟じっていなので、そう紹介するしかない。二人は林の中をスルスルとへびのように移動してゆく、人間の目ではまずとらえられない速度だ。激しく燃えるような夕焼けが、彼等の影をうつもないほどに。


 そして屋敷を出てから十五分程で戻ってきた紘之助に驚く人間たち、[様子を見てすぐ戻ってくる]と言い置いて行ったのは確かだが、音がした場所はかなり遠い。流石に速すぎるのではと思う者もいる中、紘之助のうしろからヒョコリと顔をのぞかせた可愛らしい少年。よく見ずとも、兄弟であろう事が分かる。


「兄のもとへ行けと言われてコチラへ向かっていたのですが、途中轟音が鳴り響きまして、どうやら落雷があったようです。あ、おれ夜之助やのすけっていいます、宜しくお願いします」


 その身を引き受けられること前提の話し方に、大人たちは思わず笑みを浮かべた、今この場にいる彼等は、生前の藤丸をよく知る人物たちだ。そこに立っているだけで何故なぜか安心感を与える紘之助と、その幼なさが微笑ほほえましい夜之助を見て、自然と警戒心をゆるめていく。


 これに関しては、紘之助が考えたことでも何でもなかったが、結果として一番長くを置くだろう場所で、自分達に対する警戒の気持ちが多少なりとも和らいだのは歓迎すべき事だ。かの変人ストラーナのことは別として、弟が自分で考えて自然な流れの話に持っていったことを、兄として喜ばしく思い、紘之助は夜之助の頭を撫でてやった。


 紘之助を見上げて素直に喜んでいる夜之助、その様子を見守る大人たち。そこへ[紘之助…]と囁く燈吾の声が聞こえて、二人は草鞋わらじほどくと、屋敷の者に再び案内されながら彼のもとに戻った。


只今ただいまもどりました、燈吾様」


 座って頭を下げる兄の姿に、かなり驚きながらも咄嗟とっさにその動作を真似まねる夜之助。頭を下げる姿を見たことがない訳ではなかった、ごく少数だが、元の世界ページで見たことはあった。ただ、人間に深く頭を下げる紘之助の姿は初めて見たのだ。


 燈吾は首を傾げる、様子を見てくると出て行って、藤丸のように戻らなかったらと思うとではなかった。怪我もなく、約束通りすぐに戻って来たことには胸をろしたが、そのとなりには、ちまっとした子どもがいる。紘之助に気を取られて、燈吾が小さな少年をハッキリと認識したときには、すでに頭を下げた状態だった。頭を上げるように言ったあと、彼は紘之助を見て叫んだ時とはまた違った意味で驚いた。


「紘之助、まさか…弟か?」


左様さようでございます、ほら、御挨拶を」


「あ、紘之助の弟、夜之助と申しますっ」


 再度頭を下げようと、焦って少々勢いが付き過ぎた夜之助の頭がたたみにめり込んだ。紘之助は天井を見つめながら、弟の頭を鷲掴みにして畳から引っこ抜いた。




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