第7話

 燈吾は、ゆっくり記憶をり起こしていく、藤丸がどんな人物だったか、どれほど誠実で人々から信頼を寄せられていたか。自身が愛した唯一人ただひとりの人物だったと、ふところが深く、優しく、里の者達にも必要とされていたと。


「なぜ藤丸はっ…あんな死に方をしなければならなかったのかっ-」


 四肢ししを切り落とされ、首はその近くに転がっており、生きながらそれが行われた事は、遺体を見れば明らかだったと報告があった。まるで自身を責めるように涙する燈吾の手を、紘之助はそっと包んで下を向きつぶやく。


「犯人の調査は、この紘之助にお任せ下さい、私もしのびはしくれでございます」


 藤丸から紘之助への沙汰さたがなくなったのは、おそらく彼がこの里に住み着いてからだろうと予想していた燈吾は、一緒に暮らしていたワケでもないのに、彼の兄もまたしのびであるという告白に多少なりとも驚いた。だが、最初に感じた洗練せんれんされた動作を思い出せば納得なっとくもいく。涙をぬぐいながら、しっかりと頷いた。


 藤丸の兄である彼がどれほどのしのびなのか、それが気になってきた頃、紘之助が着物のふところから風呂敷を取り出した。わりと大胆に血のシミが付いているその風呂敷の包みを見て、まさか自分が気づいていなかっただけで、この里に辿たどり着くまでに怪我けがを負って来たのではないかと心配した燈吾だったが、その様子を察した紘之助は苦笑くしょうを浮かべると、低くもなく、高くもない心地よい声音で言葉をつむいだ。


「私の血ではありませんよ、ある変人の血ですがピンピンしているので、そちらも心配ございません」


 言い終わると、包みから農奴のうどのものらしき着物を取り出して、たたみの上にソッと置いた。彼の動きは、藤丸より遥かに丁寧ていねいだと、丁寧すぎる程だと燈吾は感じた。着替えはここですれば良いと伝えると、紘之助はその言葉に従って着替え始めたのだが、彼の背を見ていた燈吾は、あるしゅの違和感に襲われる。


 忍や農奴のうどの身体にしては綺麗すぎるのだ、必要であろう筋肉は充分に付いているが、やはり綺麗すぎる、り傷もり傷のあとも一切ない。本当に忍なのかと聞きたくなったが、その言葉を口にすることによって、藤丸に瓜二つの彼を、燈吾は失いたくなかった。もっと彼を知ってから、もっと彼と親密しんみつになることが叶って、藤丸のかたきを討ったらその時に聞こうと決めた。


 一方、紘之助はなにともなく燈吾の気配けはいを読みながら、着替えを済ませて風呂敷包みをふところ仕舞しまうと、くるりと身体を燈吾のほうに向け、今のところ一番の目的である学舎まなびやへの潜入確約を取り付けておくことにした。しばらくは燈吾の近辺きんぺんを見守ることにするとしても、里に馴染まなければ動きにくいだろうと考えたのだ。そして、その提案を彼が快諾かいだくした頃、遠くからすさまじい轟音ごうおんが聞こえてきて、音の発生源はっせいげんだろう場所に、よく知る気配を察知さっちした紘之助は頭を抱えた。


 驚きながらも、紘之助がそばにいることで安心している燈吾に、申し訳なさそうに頭を下げると優しく彼の手を取って言う。


「少し様子を見に行ってまいります、すぐに戻ります」


「……約束だぞ、すぐに戻ってくれ」


「はい、必ず」


 会ったばかりで、やっと彼が自分に慣れてきたというタイミングでの出来事に、屋敷を出て移動しながら紘之助は舌打ちをした。それを聞いて、おどおどとする落下物らっかぶつに向かって溜息をつく。





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