第6話

「まずは、お身体からだの調子をととのえましょう、燈吾様」


決して大きな体格ではないのにもかかわらず、不思議な力強さと安心感をもたらしてくれる紘之助に、燈吾は戸惑っていた。まとう空気の重厚じゅうこうさが違う、彼はよるの闇を悠然ゆうぜんと進むけものの王のようだ、藤丸は柔らかでの光のような人物だった。


そこが藤丸と紘之助の確かな違いだと、別人なのだから当たり前なのだが、外見があまりにも似ていて、燈吾はどうしても比べることをめられない。紘之助は、彼の力が入りにくくなっている身体をゆっくりと布団へ横たえると、布団をソッと掛けて微笑ほほえみを浮かべて立ち上がろうとした。


ふじまっ-こうのすけっ!」


燈吾は、紘之助の腰が少し浮いた位置で、彼の右足のひざの辺りを掴んだ。嫌がる素振そぶりも、不審ふしんげな目を自分に向けることもなく、座り直した彼を見て燈吾は再び安心した。


「…すまない、あと少しでいい、ここに居てほしい」


「承知いたしました」


この再会の日まで、紘之助は鬼として生まれつき幾千年いくせんねんもの年月としつきを過ごしてきた。それは良くも悪くも記憶や想いをうすれさせ、前世ともなれば、確実に覚えている物事というものは数も少ない。とりあえず人間らしい振舞ふるまいを、覚えている範囲で表現してみている。


ここで黒柳 紘之助の出自しゅつじを簡単に説明すると、まず苗字である黒柳は、本来なら喰闇鬼くろやぎと表記されるべきなのだが、本人達が書簡などにしるすときに面倒臭がって使うようになった通称つうしょうだ。そして鬼人きじんとしての彼等一族は、しなやかだが鋼のような肉体を持ち、その皮膚は金剛石こんごうせきなど足下あしもとにも及ばないほどに硬く、爪はその金剛石を容易たやすくだく破壊力を持つ。殺戮さつりく生業なりわいとする一族で、彼が生まれた世界ページでは諜報ちょうほう・暗殺組織としてよく他の世界ページからも依頼が雪崩込なだれこんできている。


今のように人型ひとがたになれば多少肉体の頑強がんきょうさは落ちるが、肌の柔らかさが人間に近づくため、人間でないとバレる可能性は大分だいぶん低くなる。この一族は元々が余りにも剛腕ごうわんであるために、幼い頃から力加減というものも修練しゅうれんによって身につける。とは言え、実際にこうして殺す以外の目的で人間に頻繁ひんぱんに触れることは、紘之助としては初めてにひとしかった。


手をつなぐにも神経をぎ澄ます、背を支えるにも優しく優しくれる、ひざをつくにもたたみみ抜かないよう細心さいしんの注意を払っている状態だ。


(これはい修練になるな…)


思わず苦笑くしょうを浮かべた紘之助に、燈吾が不思議そうな顔をしていた。


「藤丸も、燈吾様とこのような感じであったのかと思っておりました」


ほんのりと、彼の頬や耳が赤い薔薇のように色づく。この光景に、懐かしいと、ホッとしている自分がいると紘之助は自覚した。戻ってくる記憶が勢いを増してきて、これはせかいあるじが少し手を加えたなと、そう直感がうったえていた。実際そうなのだったが、おかげで彼はこの際、もう身を任せようという気分になっている。


「紘之助は、笑う顔も藤丸に似ているな」


「別々に育ったのですが、藤丸と沙汰さたが取れなくなるまで、一緒に遊ぶこともありました。そのせいかも知れません」


燈吾の泣きそうな表情も懐かしく思い始めた頃、学舎まなびやへの潜入実行の機会は彼にどうにかしてもらえば、より自然にことが進むだろうと彼は思いついた。ただ、いま少しは燈吾と過ごす時間を持つべきだろうと、紘之助は彼の唇の動きを見ていた。




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