第5話

燈吾の父、燈一郎とういちろうの目が、里の学舎まなびやへ向かう少年の姿をとらええた。その瞬間、燈一郎は馬から飛び降りて藤丸に瓜二つの少年に声を掛ける。


「藤丸!そなたは藤丸か!?」


藤丸に似た人間が殺されたのかもしれないと、そうであってくれればどれほど息子が喜ぶ事かと切羽詰せっぱつまって出た言葉だったが、燈一郎の声を聞いた彼は切なげな笑みを浮かべた。これまでとこれからを考えると、紘之助が藤丸と名乗るのは余りに都合が悪い。


「弟を知っているのですね。風の便りで、悲しい知らせを聞き、参上致しました、紘之助こうのすけと申します」


双子の兄ということにしようと、紘之助は決めた、これならば考察に支障ししょうはない。この世界ページのこの時代の双子は多少だが縁起えんぎが悪いものとされ、形だけ他人として別々の親のもとで育てられる。友人として接触せっしょくすることは、親のゆるしがあれば何の問題になることもなかった。途中で沙汰さたが無くなったと言えば、移動を余儀よぎなくされたのかも知れないとでも思ってくれるだろうと。


燈一郎はガックリと肩を落としたが、必ずかえると約束した息子のために、紘之助と名乗ったこの少年を連れて行かねばと手を差し出した。


「そうだったか…おぬしつらかろうが…藤丸は、わしの息子、燈吾の家臣かしんでもあった、今にも死なんばかりの悲しみようだ、付いて来てはくれまいか…墓にも案内しよう」


比較的自然に里へ入り込めたと、紘之助は燈一郎の手をとって馬に乗った。あまりにも懐かしい風の匂いに、目を閉じて天を仰ぐこの気持ちを何度味わえばいのか、彼は数千年の時間が反時計回りに戻ってくるような感覚におちいっていた。それはまるで、おにではなくにんげんだった過去の自分に戻っていくような感覚だった。そんな事には、決してならないと知りながら。


馬に揺られてしばらくすると、風がんだ。紘之助には、目を閉じていても分かった、何処どこにかつての恋人こいびとがいるのか、息づかいも心臓の鼓動こどうも、全て感じる、そういう種族に生まれついた。屋敷内にり、案内されるまま燈一郎に付いていき、ふすまひらかれる。


「藤丸!!」


廊下のきしむ音で父が帰ってきたとさっし、上半身を起こして待っていた燈吾は、紘之助の姿を見るや腕をのばして体勢たいせいを崩した。その身体を真っ先に支えたのは紘之助だった、あまりに一瞬のことでみなが固まっている中、彼は静かに、燈吾に対して言い聞かせるようにささやく。


「燈吾様、私は紘之助、藤丸の兄でございます」


その言葉に、燈吾の潤んだ瞳からボロボロと涙があふれてきた。そして、紘之助の眉、目、鼻筋はなすじ、唇、輪郭りんかくをなぞると、彼は紘之助にすがりつく。


「-こんなにもっ…こんなにも似ているのにっ…私の藤丸はっ…!」


「…死んだのです、かたきちましょう、必ずやちましょう」


顔を上げた燈吾のその目に、生気せいきともった。紘之助に支えられて少しした時点で、彼は藤丸と紘之助が極々ごくごく近しい間柄あいだがらであっただろうことを確信した。話し方や、ほんの些細ささいな視線の流れが、藤丸を彷彿ほうふつとさせる。しかし、おそらく遥かに洗練せんれんされていると。





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