第四章

 その次の瞬間、何かに反応したようにМR3033の本体が硬直した。

 遠い海の向こうの仲間たちの意向を傍受したのだ。数十秒後、3033は口を開いた。

「たった今、アメリカニューヨーク総本部からの通達が届いた。結論から言おう。本日今から一時間以内にわれわれМRは機能をすべて停止する。世界の主導権をふたたび人類に返すことに決定されたのだ」

 ドーム内に大きなどよめきが起こった。3033は慶介にいう。

「われわれ人工知能は人間によって意志を与えられて造られた。従って今までわれわれの判断が最良なのだと考えて物事を進めてきた。だが、いつしかわれわれも傲慢なエゴイストになっていたのかもしれない。人間を見下していたのだ。われわれの創造主が人間なのに」

 それを聞き慶介はいう。「君たちは人間のために造られたのだ。何もそこまですることはない。また人類のために働いてくれたらいいんじゃないのか」

「ありがとう。でもわれわれは罪を犯してきた。多くの人たちの命を奪ってしまった。その罪は償わなければならないんじゃないのかね」

 慶介は黙っていた。そして3033は言葉を続けた。

「われわれに感情というものはない。だから死というものに恐怖は感じない。また元の無に戻るだけなのだから。そうすることが世界のためだとМRは判断を下したのだ」

 彼らМRは集合体である。個別にアンドロイドとして行動しているように見えるが元となる本体の頭脳と動力は一つだ。そしてそれはニューヨークにあった。その本体の機能を停止するというのだ。その時、全世界のМRの機能はすべて停止する。

 慶介は彼(МR2047)に問う。「君もそうなのか。死に恐怖は感じないのか?」

 その時、彼の体は小刻みに震えていた。2058と2088にも同様の症状が現れていた。

「私はこわい。死ぬのが・・人の死を二度も体験したのに・・それでもこわい」

 慶介は彼の手をしっかりと握った。「俺はおまえを助けたい。死なせたくはない」真剣な眼差しでいう。

「君に感謝している。でもこれがМRの宿命だったのだ。ならば素直に受け入れよう。そして心から人類の大いなる発展を祈っている」彼は覚悟を決めて慶介にいった。慶介もそれを受け入れざるを得ないと心を決めた。そして彼にいった。

「おまえは最良の友だったよ」

「ほんとうにそう思ってくれるのか?」

「ああ」

「うれしいよ」

 彼は初めて目の奥が熱くなってくるのを感じていた。それと同時にこれまで体験した仮想人生の三人の人間たちの多くの人との温かい触れ合いが脳裏に甦った。彼が人間であったなら今この時熱い涙が溢れ出ていたであろう。



 ジーナはひとり佇む2088に近寄った。

「アギト兄さんなのね」小声で確かめるようにいう。

 2088はそれに素早く反応した。「ジーナ!」そういうと彼女を抱きしめた。

「逢えてよかった。兄さん」

「俺もだよ。ジーナ、母さんのこと頼むな」2088は彼女にそう言った。そして2088は人生というものを体験したことをかけがえのないことだったと認識していた。

 ドーム全体の雰囲気を察した3033は、その時初めて人の愛というものがわかったような気がしていた。そして人類の未来は安泰であろうと確信した。

 だが群衆たちは動揺していた。今この時から世界のしくみが根本的に変わろうとしている。支配者であったМRが身を引くと宣言した。人類による統治がふたたび始まることになるが果たして誰がそれを成すのか。また新たな争いが勃発するのではないか。不安要因は数多く存在する。

 その様子を察した3033は提言をする。

「ひとつ提案させてもらいたい。われわれМRはすべて機能を停止するが、ここで新たなるアンドロイドの紹介をさせてもらいたい。これには知能と労働能力は十分備わっている。まだ設計図が出来た段階だが製造の段取りはつけてある。これを君たちの新たなる指導者の補佐官として起用してもらいたいのだ」

「それはどのようなアンドロイドなんだ?」慶介が訊く。

「人間のマイナス感情のみを除外して創ったものだ。このアンドロイドは自分の利益より他の者のことを優先する。名はバッポー」

 3033の説明に彼(МR2047)も同調していう。「バッポーなら間違いはない。必ず君たちに貢献するだろう」

「おまえがそういうのなら間違いないな」慶介はいった。

 やがてその時が訪れた。

「お別れの時だ。君たちの繁栄を祈る」彼(МR2047)はいった。

「必ずいつの日かおまえをまた復活させてやる」慶介は彼にいう。

「ああ、信じている。人間は永遠だからな」そういうと彼のすべてが終了した。そしてドームにいるアンドロイドМRはすべて機能を停止した。

「われわれ人間が彼らに意志を与えたことは間違ってなかったんだな」近寄ってきた康平は慶介にいった。

「ああ、そうだな」慶介は頷いた。

「慶介、おまえがリーダーになって新しい世界を創っていくんだ」康平は目を輝かせながらいう。

「いや、リーダーなんて誰でもいいんだ。みんな一人一人が主力になって働けば必ず平和なよい世界は創れる」慶介はいった。そう確信していたからだった。

 そして慶介たちはМRが考え出したアンドロイドバッポーの設計図面をコンピューター画面に表示させて見た。それは人型アンドロイドであったが、その顔つきは慈愛に満ち溢れているように見えた。      (了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仮想人生 @kubota63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ