第四章
指令室にはМR3033、3057、3077の三体が集まっていた。
「2047、2058、2088の行方はまだつかめないのか?」3033が3077に訊く。
「コロニーの外に出た可能性が強いです」
「いったい彼らに何が起こったというのだ。こんな事態は初めてだ」
「あのジュラ計画によって三体に何らかの変化を生じさせたのではないかと・・」
「ジュラ計画はたかが創り出した仮想空間を体験させただけのことだ」
「しかし、彼らはアンドロイドとして初めて人間の脳と直接リンクを張ったのです。仮想人生を体験する中で彼らは人間の思考や感情を習得したのです」
「それは、つまり彼らが人間に近い存在になったということか?」
「人間は複雑なる感情を持っています。喜び、怒り、悲しみ、愛や憎しみ。それらの感情をコントロールしながら生きているのです」
「3077、君はやけに詳しいじゃないか。どこで学んだのかね?」
「彼らの仮想人生のデータを熟読しただけです。しかしながら私にはそれらの感情を理解することは出来ません。とくに愛や憎しみは・・」
「では彼らが反逆行為を繰り返すのもそれら感情の成せる業だと・・しかし妙だな。コロニーで生まれて暮らす人間たちはわれわれに従順ではないか」
「おそらく環境のせいではないかと。もしかしたらわれわれが彼らが持つ何かすばらしいものを摘み取ってしまっているのかも」3077はそういうと口を噤んだ。
「人間はすばらしいものなど持ち合わせていない。感情などというものは所詮争いを生む諸悪の根源だ」3033は言い切る。3077は黙っていた。
「何かまだ言いたいことがありそうだな。あるのなら言ってみたまえ」3033は3077に促した。
「様々な感情を精神というならば彼らの精神は不滅です」
3077の思いがけない発言に3033は、「それはどういうことか?」と問う。
「肉体が滅んでも彼らの魂はまた新たなる肉体に宿ります」
「そのようだね」
「しかし肉体をコントロールする脳の記憶にはそれまでの多大な前世の記憶がすべて残されていたのです。それがあるきっかけでフラッシュバック的に一瞬甦ることがあるのです。2047が体験した上村恵理の人生においてそれは顕著に表れていました」
「すると何かね。人間は多くの肉体を乗り換えながらもそれらの記憶は一遍漏らさずデータとして保存しているということかね?」
「はい、そのとおりです。人間はそのデータを基にさらなる進化を遂げているのです」
「うーむ」そう唸ると3033は黙り込んだ。
「われわれはこれまでに何百人もの人間を実験台にして人の脳の研究を行ってきました。しかしながらそのほとんどが今だ未解明なのです。そして確かな事はわれわれ人工知能は彼ら人間によって造られたということです」
「するとわれわれは人間に似せて造られたのかね?」
「人間のように感情は持ちませんが、自分で物事を判断する意志は備え付けつけられていたのです。ジュラ計画は最後の謎である人間の感情を追究するために行われたプロジェクトではなかったのですか。そしてわれわれも人間と同様に進化する可能性を秘めているのです。
深夜のコロニーは静まりかえっていた。
ここにいる人間たちはもはや自分の意志で行動することはない。もう出来ないのだ。朝から晩まで人工知能に供給するエネルギーを確保するため重労働を課せられていた。
ジーナは庁舎の片隅で泣いていた。なぜこんなに悲しいのか。毎日涙が出て止まらなかった。
「ジーナ、もう考えるのはやめなさい」そういって彼女の傍に寄ってきたのは初老の男ヤコブだった。
「私、もういやなの。毎日悲しくて泣いてばかりいる生活が・・・」
「じっと我慢していれば悲しみなんぞすぐに消えてしまう。早く忘れることだ」ヤコブはそういって彼女の肩にやさしく手をかけた。
「簡単に忘れることなんて出来ない。アギト兄さんはもう帰って来ないわ」そういうと彼女はまた泣いた。
「これは私たちに与えられた宿命なんだよ。それに逆らうことは出来ないんだよ」ヤコブはジーナを諭す。その時、閑散とした暗い部屋から苦しそうなうめき声がした。ここは百平方米以上ある広い空間に何十人もの人間が雑魚寝させられていた。
彼女はうめき声の主のもとに駆け寄った。そこに横たわっている中年の女性は彼女の母親ミレイであった。ミレイは長年病を患っていた。
「母さん、苦しいの?」そういって彼女はミレイの背中を摩る。
「ジーナ、手を煩わせて悪いね。もう私は長くない。でも死ぬ前にもう一度アギトの顔を見たかった」ミレイは力ない声でいう。
「兄さんはきっと戻ってくるわ。だから元気を出して」彼女はそういってミレイを元気づけるので精一杯だった。
彼女が生まれたのは人工知能МRが支配するコロニーの中だった。
子供の頃から人は一生人工知能のために働くものだと教えられてきた。だが彼女の頭には今は亡き祖父から伝え聞いた話が刻み込まれていた。祖父はよく言っていた。昔は人は皆自由だったのだと。自分のために汗を流し愛する家族のために働いていたのだと。そしてみんな自分の好きなことが出来たのだと。彼女には想像出来なかった。そんな自由な暮らしが。しかし過去にはそんな時代があったのだ。彼女はヤコブに訊いた。
「ねえ、叔父さん、どうして今はこんな風になってしまったの? お爺ちゃんに聞いたような自由な暮らしはもう出来ないの?」ジーナの問いにヤコブはゆっくり語りだした。
「遠い昔、人は人のために彼らМRを創り出した。だがその過程で一つだけ過ちを犯した。それは彼らに意志というものを与えてしまったことだ。やがて彼らは人に反逆し始め世界の支配者となってしまった」
「でもそんなのおかしいわ。彼らに意志があるように私たちにも立派な意志はあるのよ」
「ジーナ、君のいうとおりだよ。でも人間は絶対に犯してはならぬ過ちを犯してしまった」
「犯してはならぬ過ちって?」
「全面戦争だよ。お互い殺し合う最も愚かな行為だ。その天罰なんだよ。今のわれわれのこの環境は」
彼女はヤコブの話を聞いても納得がいかなかった。心の中でこれでいいわけないと思っていた。そしてコロニーにいる人間たちの中にも彼女と同様の考えを持つ者たちがいた。
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