第四章

 彼の言葉に2088は頭を抱え座り込んだ。

「俺は人間の心がわかる。彼らは争いなど好んでいない」2088はそう呟いた。

「2088、アギトの人生にバッポーはいたのか?」2058が訊く。

「ああ、いたとも。まわりの人間の中であいつだけが唯一信頼できる奴だった」自分の記憶を手繰りながら2088は答える。

「やはりそうか。バッポーはすべての人間に影響を与えるのだ。もしそうだとしたら人間との共存に大きな改善をもたらすかもしれない」彼は真剣にそう考え始めていた。

「今までのように人間を力だけで抑制しようとするやり方は決して正しいとは言えない。もっと彼らの意見を聞く必要がある」2058もいう。

「われわれ三体でレジスタンスたちとコンタクトをとってみるか」

「しかし、どのように?」

「牢に監禁している岡慶介という男をコロニー外にいる人間たちとの仲介に利用してみてはどうか。彼はおそらくレジスタンスのリーダーだ」

 彼の発案に2058は、「そううまくいくかな」と疑問を呈する。

「いや、何としてもやろう。このままでいい筈はないんだ」2088が立ち上がった。



 МR2047ら三体のアンドロイドたちは岡慶介と関原康平の入れられている牢の前にいた。彼らと話し合うためである。

「君たちはなぜここまでしてわれわれと戦おうとするのだ。人間はそのため傷つき死ぬのだぞ」彼は牢の中の慶介に問う。

「俺たちは皆、戦うことを好まない。自由を侵害しようとする奴らがいるから戦うのだ。自由を取り戻すために」

 自由という言葉を慶介から聞き彼は思い出していた。奴隷の老女ノナの前世の三人は自由だった。そうだ。あれこそ自由。だが待てよ、岡裕次郎の時代は人間が人間によって自由を奪われかけていた。

「俺の親父もそのまた親父もずっと自由を得るために戦ってきた。それが俺の誇りだ」慶介はいう。

「君は岡裕次郎の・・・」彼は思わず口に出した。

「裕次郎は俺の高祖父だ。彼は死ぬまで自由のために戦い続けた誇り高き戦士だ」慶介は自分の先祖を誇りに思っていた。

「やはりそうだったのか。私は裕次郎氏をよく知っているんだよ」

「それ、どういうことだよ?」慶介は彼に訊く。

「いや、ちょっとしたきっかけでね。でも私にはわかった気がする。それは勇気というものだ。人としてなくてはならないものだったのだ」

 そういう彼の顔を慶介はまざまざと見た。

「おまえのような変なアンドロイドは初めてだ。なぜなんだ?」

「われわれ三体のアンドロイドは変化したのだ。ある実験により人間の心が理解出来るようになったのだ」そういう彼に慶介はいう。

「そういわれてもすぐに信用することは出来ねえな」

 しかし彼は話し続ける。「われわれは人間に対する処遇がこれでよいとは思っていない。人間とわれわれ人工知能は共存すべきものだと思う。だから何とかして今の体制を変えなくてはならないと考えている。力で君たち人間をねじ伏せるやり方を」

「おまえたちは何か魂胆があるんじゃないのか」傷の癒えかけた康平が口を挿む。

「すぐにわれわれを信用しろと言っても無理かもしれない。しかしわれわれは本気でそう考えているのだ。信じるか信じないかは君たち次第だ」そういって彼は沈黙した。しばらく無言の時が過ぎた。そして慶介が口を開いた。

「俺たちにどうしろというんだ?」

「おい、こいつらを信じるというのか」康平が声を荒げる。

「俺はこんな生活を終わりにしてえ。抗って傷ついて殺されて。もうたくさんだよ」慶介はそう吐き捨てた。

「一度、君たち人間とわれわれで話し合う機会を作ろうと思うんだが、君たちにレジスタンスとわれわれの仲介をしてもらえればと考えているんだ」

「他のメンバーたちを連れて来いというのか?」

「いや、われわれが君たちのアジトに行こう。そこで他のメンバーたちを説得したい。話し合いたいのだ」

 彼の真剣さに慶介は提案を承諾した。

「よし、わかった。信じよう」





 三体のアンドロイドと牢の二人の人間は綿密な計画を立て始めた。

 まず、二人の人間は死亡したことに偽装し、夜間に二人をストレッチャーでコロニー外の遺体廃棄処理場に運ぶ。そこで二人とアンドロイド三体は一挙にコロニーの外に走り、配置してある物資運搬用トラックでレジスタンスたちがいるアジトに向かおうというものだ。

 決行当日、МR2058は上層部アンドロイドに捕虜の人間二人の死亡を報告した。

 深夜午前零時、彼ら三体のアンドロイドは岡慶介と関原康平の二人をストレッチャーに寝かせ布をかけた。それを運び出しそのままコロニーを出た彼らは闇に紛れて走った。そして止めてあったトラックに乗り込むと慶介の運転でコロニーを離れ去った。

 今の日本は人工知能МRによって複数のコロニーが建設され彼らによって管理されていた。それまでに人間によって造られた都市、商業施設、工場などといったものは廃墟同様となっていた。夜の道をいくら走ってもまわりには廃墟となった建物が延々と続く。

「俺たち人間はせっかく築き上げてきた文明を台無しにしたんだ。愚かなことよ」運転する慶介がポツリという。

「私は人間が愚かなものだと思いません。人間はあやまちは犯しますが、それを糧に成長するものだと思います」そういうМR2047に慶介は、「やっぱりおまえは変なアンドロイドだよ。でも、そういってもらえると嬉しいぜ」そう言い返した。

 コロニーを離れて四十キロ。そこには巨大な建物があった。かつての人間のオフィスビルの跡だった。彼らはトラックを降りた。

「ここが俺たちのアジトだ。こういう場所は全国にいくつもある。それだけは覚えておきな」慶介はそういうと彼らをエレベーターで十階に連れていった。

 廊下を歩きひとつの扉を開くとそこは広いフロアになっていた。

 薄明りのライトを数か所置いてあるその部屋には三十人ほどの人間たちがいた。

「慶介! 無事だったのか。康平、おまえも・・・」一人の若い男がそう言いながら駆け寄ってきた。それに続き他の者たちも集まってきた。

 その時彼は思った。百五十年以上も昔、やはり自分もここの人間たち同様にレジスタンスとして戦っていたのだと。

 次の瞬間だった。「敵だ! アンドロイドがいるぞ」一人の男が叫んだ。フロアの外で待っている彼らの姿を見つけたのだ。メンバーたちは即座に身構えた。

「慶介、これはどういうことだ? 俺たちを裏切ったのか」メンバーたちは慶介に詰め寄った。

「みんな聞いてくれ。彼らは敵ではない。俺たちと話し合いたいと望んでいるんだ」慶介は必死で皆を説得する。

「話し合いだと・・ふん、今更何をぬかす。俺たち人間はこいつらに何百人、いや何千人も殺されてきたんだぞ!」その男の言葉は怒りに打ち震えていた。

「みんな冷静になって考えてくれ。このまま戦いを続けても俺たち生身の人間の方が分が悪い。もうこれ以上一人の犠牲者も出したくないんだ。彼らは話し合いでお互いが共存できる方法がないか議論しようと言っているんだ。俺は彼らを信じる」そういって慶介は皆を見た。皆黙っていた。ここにいるメンバーたちはわかっていたのだ。慶介の言っていることが正しいということを。そして果てしない戦いに疲れ切っていたのだ。

「私は慶介の意見に賛成よ。私たちはとうの昔に死ぬ覚悟は出来ていたわ。それなら一度試してみる価値はあるんじゃない」一人の若い女性メンバーがいった。

 彼はその女性を見た瞬間、ハッと息を呑んだ。-目黒良子ーいや、目黒良子に瓜ふたつだった。不滅の魂だけでなく自らが持つ遺伝子によって子々孫々まで熱い志を受け継がせていく。今、彼は人とはいったい何者だろうかと考えた。

「利香、ありがとう。皆はどうだ?」慶介は皆に確認する。皆無言だったが目は了解していた。

「今度は慶介の顔を立ててやるが、もしこのアンドロイドたちが少しでも変な真似したらこいつらをぶっ壊す」一人の男がそういった。

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