第四章
МR2047と1077は監獄の扉を開けた。
「捕えた四人のうち二人は死亡しました。あとの二人もかなり傷を負っています」1077が報告する。2047は若い男が入れられている牢の前にいた。
その男は横の壁に寄りかかって座り込んでいた。
「おまえ、名は何という?」彼は中の男に尋ねた。
「慶介・・岡慶介」男はそういって顔を上げた。
彼はその男の顔を見て一瞬体が硬直した。そしてじわりとこみ上げる言い知れぬ親近感というのだろうか。妙な感触に襲われた。
「ほんとうの名を語れ。人員仮名だ」彼は続けて訊く。人員仮名とは人間が生まれた時に人工知能МRによって付けられる名である。
「俺にはこの名前しかねえ。親にもらった大事な名だ」そういって慶介と名乗る男は鋭い目つきで彼を睨んだ。
「コロニーの外に仲間は何人潜伏している?」彼は質問を続ける。
慶介は薄ら笑いを浮かべると、「仲間なんてもう一人もいねえ」そう吐き捨てる。
「彼のいうことを信じてはいけません。レジスタンスはまだ大勢いる筈です」1077は彼に耳打ちする。彼は慶介の顔をもう一度見た。煤で黒ずんだ頬。目つきは何者をも信じないという猜疑心に溢れひねくれている。だが彼はその顔に言い知れぬ懐かしさを感じるのだった。と、突然慶介は顔を上げて彼にいった。
「俺はどうなってもいい。だが康平だけは助けてやってくれないか。俺を殺してもいいから」慶介は彼に懇願した。
康平とは慶介とともに捕えられた若いレジスタンスだった。
「その男はどこにいる?」彼は1077に訊く。
1077は彼を隣の牢に連れて行った。そこには敷かれた筵に横たわる瀕死の状態の人間が一人いた。
「彼はどんな具合か?」
「出血がかなりひどい。もう時間の問題かと」1077は報告する。
「彼を助けてやろう。すぐに応急処置を施すんだ」
「しかし上層部の許可なしにそのようなことは・・」
「いいんだ。私がすべての責任を負う」彼はそう言い切った。
1077は他の二体のアンドロイドを呼び、その男を担架に乗せると牢から運び出した。
「康平を助けてくれるのか?」慶介は彼にいった。
「とりあえず傷の治療をする。回復したらまた牢に戻す」
「ありがとう」
「君に礼を言われることはない」そういいながら彼は自分がなぜこのような行動をとったのかわからなかった。そして彼は慶介に問う。
「なぜ君たちはここまでして戦おうとする? 自分の命を懸けてまで」
「自由を取り戻すために決まってるじゃねえか。俺たちはいつまでもおまえたちの奴隷ではいない」慶介はきっぱりという。
「現在の処遇で何が不満なのだ。食料も与え労働もさせてやっているではないか」
「俺たち人間は家畜じゃねえ!」慶介はそういうと筵に横たわり背を向けた。
「なぜなんだ。生かしてやっているのに」彼にはわからなかった。そして自由という言葉を今一度考え直した。
「2047、君はなぜ許可なしに人間の命を救った?」指令室に3033の怒声が響いた。
「私は彼らをもうしばらく生かしておいてコンタクトを取りたいのです。彼ら人間の本質を知ることで多くの反逆者を抑制することが出来るかもしれないと思うからです」彼は3033を必死で説得する。
「ふん、所詮人間は下等な生き物よ。彼らを放置すれば相争い殺し合うことしかしないのだ」
「私はそう思いません。人間は話せばわかる生き物だと思うのです。だから彼らとコンタクトしもっと話したいのです」
「無駄なことだと思うがな」
その時だった。アンドロイドМR3057があわてて駆け込んできた。
「МR2088が目覚めました。し、しかし様子が変なのです」
彼はそれを聞くと急いで実験室に向かった。
そこでは2058と2088が取っ組み合っていた。
「おい、2047、君も手伝ってくれ!」2058に言われ彼も暴れる2088を抑え込んだ。そして2058は2088の背中部分の作動スイッチをオフにした。2088はそのまま床に倒れ込んだ。
「いったい何が起こったというのだ?」彼は2058に訊く。
「ようやくアギトとのリンクが遮断され目覚めたと思ったら訳のわからない事を言って喚きだしたのだ」
彼には事態が理解出来なかった。そして実験台となって眠る三人の人間を見てさらに驚いた。若い男性アギトも若い女性サラも髪がすべて白髪に変わり皮膚は皺だらけの老人になっていたのだ。もう命尽きるのも時間の問題だった。そして彼が脳波をリンクしていた老女ノナはすでに息絶えていた。
「これは、いったい・・・」彼は絶句した。
「この実験で彼らは己の生命力の大半を使い果たしてしまったのだ。それだけ過去の封印された記憶を蘇らせる作業は途方もない体力を消耗させたのだ」2058はそう分析する。
「なんてことを・・なんて罪深いことをしたんだ」彼は呟く。
「罪とはなんだ?」
「罪とは罰せられるべき非道な行いだ。たとえ輪廻転生で魂は新たなる肉体に宿ろうがこの老女の人生は只一度しか存在しないものだったんだ。それをむやみに奪う権利は誰にもない。これこそ罪だ」彼は正直に心境を語った。
「それはわかる。人間は一度の人生を死と隣り合わせに生きている。必ず死が訪れるのがわかっているからその時々を必死に生きようとする」2058はいう。
「何かが変わったんだ。この実験後に。もしかしたらわれわれに人間の感情が移入されてしまったのかもしれない」彼の言葉に2058は、
「そうだとしたら2088が錯乱状態に陥ったのもその為か」と納得する。
「彼は一番長く人間とリンクを張っていた。おそらくこのアギトの人生も体験してしまったのだ。奴隷の人間の人生をも」
МR2047と2058はストレッチャーに寝かされ機能を休止している2088の横にいた。
「よし、機能を復活させよう」彼は2058にいう。
2058は2088の作動スイッチをオンにした。
「うーん、あー」2088は低い唸るような声を上げると起きあがった。
「気分はどうだ?」
「ああ、最悪」2088はそういってうつむいていたが急に、「奴隷庁舎に行かなくては・・」そう言って歩き出そうとする。それを彼はとっさに押し止めた。
「母と妹に会わなければ・・俺は帰る」そう言い続ける2088に彼は、
「君はもうアギトではない! アンドロイドだ。人工知能МR2088なんだ」
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