第四章

 西暦2220年。今や人工知能МRは多数の人型アンドロイドとして世界を牛耳っていた。彼らが人類に代わって全世界の支配者となったのである。そして人間は彼らに使われる奴隷に過ぎなかった。

 指令室には五体のアンドロイドたちが集まっていた。МR3033、3057、3077それにМR2047と2058であった。

「実験は中断したのか? 結果は得られなかったのだな」3033が問う。

「いえ、結果は得ました。情報はここにすべて記録されている通りです。人間は皆、輪廻転生を繰り返しているのです。それと、2088はまだ実験を続行中です。新たな情報も入るでしょう」2058が説明する。

「すると2088はアギトという男の仮想人生に突入したのか?」

「おそらく」

「しかしアギトは所詮奴隷の人間に過ぎぬ。あまり意味がないのではないのか」3057が口を挿む。

「いえ、各々の境遇は関係ないと思います。今回の実験で知りたいことは人間の本質です。彼らがほんとうに存在する価値すらないものなのか。そうではないのか」2058が答える。

「2047、この情報によると君が体験した仮想人生の三人の人物は比較的非凡な人生を歩んでいたようだな。彼らはどうだったのかね?」3033が問う。

「はい、彼らは争いや暴力を好まず、傲慢で身勝手ではありませんでした。肉親や他人を思いやる・・というんでしょうか」彼は自分の記憶通り正直に答えた。

「うーむ、ではあの計画は効果ありか」3033は3077に耳打ちする。

「計画? 何か他にプロジェクトが?」彼は3033に訊く。3033は語りだした。

「ジュラ計画だ。実は君たちが体験したのは過去に存在した人間の実際の人生ではない。少し変化を加え新たに開発された仮想空間シミレーションだったのだ」

「それはどういうことですか? 私が体験したのは確かに三人の人生でした。大川竜蔵、上村恵理、そして岡裕次郎」彼は戸惑いを隠し切れない様子で答える。

「われわれは人間の脳の研究を続けた結果、電磁波によって人の記憶を改変する方法を見つけた。君が体験した三人の人生の経路は大まかには変わらないが一部に修正を加えた。君はバッポーを覚えているね」3033の言葉に彼は自分の記憶を手繰った。彼はバッポーという名に強い親近感があった。そして鮮明に覚えていた。

 3033は言葉を続ける。「バッポーは実際の三人の人生には存在しなかったんだよ。バッポーはわれわれが故意に仮想空間の中に作り出したホログラム、つまり仮想人物だったのだ」

 3033の思いもよらなかった説明を聞き彼は、「し、しかし彼は間違いなく三人を助け導きました」きっぱり言い切る。

「仮想人物バッポーは人間として存在しえない人物として作り上げた。人の本性の問題だ。実在した人間の人生において身近にバッポーという人物を置くことでその人間にどのような変化を来たすかを試みたのだ」3033はそう説明する。

「変化などありません。バッポーとは自然な成り行きで接しただけです」彼は自信を持ってそう答える。

「そうだろうとも。バッポーの影響力で彼らの人生は修正されたのだ。これを見たまえ」3033はテーブルの前のコンピューター画面を指さした。

「ここには三人の人間の実際の経歴が記述されている。大川竜蔵は実業家として成功しているが死ぬまでかなり悪徳なことを行っていた。上村恵理は裕福な政治家の子に生まれわがままに育てられた結果、成人してからはかなり傲慢な女になった。若くして死んだがね。岡裕次郎は反政府組織の一員として活動する中、組織内で権力を得るため他人を蹴落とし続けた」

 彼はその事実を見ても受け入れることが出来なかった。

 そして2058もいう。「私の体験した二人の人生も少し違うようです。バッポーはいつも気持ちを穏やかにしてくれました。でも何のためにこんな手の込んだ計画を立てたのですか?」

「今だにいなくならない人間の反逆者たちへの対抗処置としてだ。彼らはわれわれを憎み争うことだけを考えている。自分たちが支配者になりたいが為に」3033が答える。

「彼らが反逆するのはほんとうにそれだけの理由でしょうか」彼は無意識のうちに発言していた。

「それだけとはどういうことかね? 他に何があるというんだ?」

「よくわかりません。でも彼ら人間は争い戦うためだけに生きているのではないのではないかと・・・」

「今さら何をいう。彼らは174年前、世界を核戦争の危機に陥れたのだぞ。われわれがそれを食い止めたのだ」

 彼は言葉を返せなかった。たしかに過去の歴史はそうであった。だが彼らはわれわれの知らない何かすばらしいものを持ち合わせている。彼にはそんな気がしてならなかった。

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