第四章
けたたましい警報器のサイレンがコロニーの施設内に鳴り響き続ける。
人型アンドロイドМR2047は長い眠りから目覚めた。決して快眠から目覚めた感覚などではない。長い長い悪夢から解放されたという表現の方が適切だった。
「これが人間の感覚なのか・・」彼は頭の芯に鈍い痛みを感じながら起きあがった。
横にはМR2058と2088が横たわっている。そして彼は徐々に自分自身の記憶を取り戻し今の現状を理解した。
その時、そこにあわてて駆け込んできたのはМR1077だった。
「反乱軍がコロニーに侵入し動力装置を爆破しました。システムの八割が機能停止しています」
「反乱軍がまだいたのか。それで捕まえたか?」彼は1077に訊いた。
「四人殺して四人は捕まえています。殺しますか?」1077は彼に指示を仰いだ。
「ああ、いや、しばらくは監禁しておこう。後で見てみたい」
ここでなぜそれを躊躇ったのかその時の彼にはわからなかった。ストレッチャーに横たわる2058も目覚めた。「あー、なんて最低な気分なんだ」2058は起きあがった。そして、「人間ってどうしてこう何度も最悪な気分を味わうんだ」と呟いた。
2088はまだ目覚めない。
「今のトラブルでわれわれ二体に張られていたリンクは遮断されてしまったのだ。だが2088は遮断されていない。まだ仮想人生の中だ」彼は2088を確認し状況判断後説明する。
「2088は何という人間とリンクしている?」
「そこに眠る右端の若い男だ。名はアギト」
「では2088は今、アギトという男の人生のシミレーションを体験しているのか?」
「いや、彼の前世の体験をしている筈だ。2058、君もそうだっただろう。そこに眠るサラという女の人生を見たのではないだろう」
彼の目の前にはカプセルに入れられ頭部に何本もの電極チューブを付けられプレーンネットをした三人の人間が眠っていた。
「2058、君は中央の女サラとリンクを張っていたんだ。君が体験したのは彼女の前世の体験だ」
2058は彼にいわれてぼんやりしていた記憶が鮮明になりつつあった。
「そうだ! 前世だったんだ。自分が体験したのはこの女の人生ではない。男の人生だった」2058はそう呟いた。
「私も左端に眠る老女ノナの人生を体験したのではない。その前世、岡裕次郎という男だった」彼はそういった。
「この装置でこの三人の記憶を極限まで遡り再現したのは何代も前の前世の状況だったってことか。これは偉大な発見だ。人間の魂は永遠だったんだ。朽ち果てることのない不滅の精神。なんてすばらしいことだ」2058が称賛する。
「人間がすばらしいだなんて・・彼らは所詮奴隷の分際だ。身勝手で傲慢で利己主義のかたまりじゃないか。それは彼らの歴史を見れば容易にわかることだ。彼らは争いのみを好む野蛮な種族だ」
人間を肯定しようとする2058の意見に彼は真っ向から異議を唱えた。
2058は落ち着いて語り始めた。
「私がこのサラという女とのリンクで体験した前世の二人の男の人生において彼らは決して極悪非道なる者ではなかった。ごく平凡な人生だったが、家族を愛し力の限り自分の道を歩み続けた」
「おい、今、愛って言ったか? 愛っていったい何なんだ?」彼は2058を問い詰める。
「愛はだな。つまり他人を思う気持ち・・」2058はそう言いかけて沈黙した。
「人間は本質的に自分のことしか考えられない。だから他人を苦しめ虐待し命も奪う。自分の為に。だから愛なんてものは存在しない」
「では2047、君の体験した仮想人生はそんなにひどいものだったのか? 常に争いに明け暮れ、おのれのみのために生きていたのか?」
2058にそう問われ彼はじっくりと思い出していた。それまで霧がかかったようにはっきりしなかった記憶が徐々に甦ってきた。そしてそれは老女ノナの記憶を三百年遡り、大川竜蔵という男の人生に辿り着いたところから始まっていた。
仮想体験した三人の人間の中で最も長く波乱に溢れていた人生。しかしこの男の人生のメインとなっていたのは争いや暴力ではなく傲慢さもなかった。そしてそれを思い出すと胸の奥がほんのりと温まってくる。安らかさを感じるのだ。いったいこの感情は何者なのか。ずっと人間そのものに嫌悪感を抱いていた彼は新たな戸惑いを感じていた。
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