第三章

 俺は住川をマンションの部屋に呼んでいた。

「しかしたまげたなあ。総統に会っちまったんだからなあ」

「俺も驚いたぜ。でも案外平凡な人だったのが意外だったな」

 その後、少し間があいた。俺は住川に尋ねた。

「結果はどうだった?」それを訊くのに勇気がいった。こういう事態になっても留美のことを信じたかった。

「やはり間違いないようだな」彼は俺の顔を見てポツリといった。

 俺は最後の望みも断ち切られたショックで言葉が出なかった。

「三日前に小野木次官の自宅に入る彼女を目撃した。小野木は反政府勢力の一掃に最も力を入れている高官だ」黙っている俺に彼は続けた。

「彼女のことどうするんだ?」

「どうするって、もう別れるしかないだろ」

「彼女は田舎のおふくろさんの生活の面倒もみてたんだろ。やむに已まれぬ事情があったんじゃないか?」

「だが彼女のおかげで俺の友達は投獄されたんだぞ」

 彼女がスパイであることが間違いないのならば俺は彼女を絶対に許すことは出来ない。だが彼女にどう接すればいいのだろう。一発か二発頬を張り倒すか。それとも気が済むまで虐待するか。そのどちらも出来そうになかった。

 俺は住川の前で土下座した。「ほんとうに申し訳ない。これは俺の失態だ」

 彼はしばらく黙っていたが、「済んじまったことは仕方ないぜ。これからどうするか考えるのが先決なんじゃないか」

 彼にそういわれて俺は気を取り直した。

「とりあえず彼女が俺たちの情報をどこまで入手したのかを確かめることだな」

「そうだな。何とか聞き出してみるよ」俺はやっと決意した。



 留美の部屋に行ったのは午前零時三十分をまわっていた。

 俺は部屋の前でしばらく立ちすくんでいた。そして意を決してチャイムを鳴らした。

 ドアが開き彼女が顔を出した。彼女は俺の顔を見て一瞬、戸惑いの表情を見せた。しかしすぐに笑顔を見せると、「あら、久しぶりね。どうしてたのよ。寂しかったわ」そういって俺に抱きついてきた。俺はそんな彼女の手を払いのけると、「ちょっと話があるんだ」そういって部屋の中に入った。

「コーヒー入れようか」カップを食器棚から取り出そうとする彼女に、「いいからここに座ってくれないか」と彼女を正面に座らせた。彼女は黙っていた。

「小野木次官とはいつからのつき合いだ?」俺が切り出すと、彼女はまだ下を向いたまま返事をしない。

「やっぱりそうだったのか。君は始めから俺のことを探る目的で近づいたんだな」

 その言葉に反応し彼女はすばやく顔を上げた。

「始めはそのつもりだったわ。でも私、裕さんのこと本気で好きになったの」

「この場に及んでまだ俺を欺くつもりか!」俺は声を荒げた。また彼女は下を向いた。

「どこまでの情報を政府に売った?」

「港区のアジトの場所だけよ」彼女は小声でいった。

「それ以外の情報も盗んでいるだろう?」

「それ以外の情報メモは小野木次官に渡さずに捨てたわ」

「それを信じろっていうのか!」俺はそういったが彼女は嘘をついていないと思った。

「私、お金が欲しかったの。子供の頃から貧しい生活でいつかは母にも楽な暮らしをさせたかった。だから・・・」そういって涙ぐむ彼女に俺はいった。

「もう終わりだ。これきりにしよう。今までのことはきっぱり忘れよう」

 そういって俺は玄関のドアを開け部屋を出た。しばらくの間、彼女のすすり泣く声が耳にこびりついて離れなかった。

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