第三章

 その日の晩、メンバーである四人は俺の部屋に集合していた。

 本部からは入手したアメリカに関する情報が送られてきていた。どうやらアメリカはしばらく接触のなかったアジアに対して何らかの行動を起こそうとしているらしいということだった。

「まさかアメリカが中国と話し合うなんてことはありえないわよね」目黒はきっぱりという。

「それじゃ、全面戦争に突入するってこと? そうなったら人類滅亡だぜ。そんなバカなことするかな」住川が危惧する。

「武力行動だけとは限らない。サイバー攻撃もある。只、アメリカは最近高性能な人工知能を開発したということだ。今では社会の九割以上が人工知能AIの労力で成り立っているらしい」俺は報告をありのまま告げる。

「それは強力な秘密兵器じゃないか。やっぱり戦争になっちまうのか」菅原が不安を隠し切れずにいう。

「今われわれがしようとしているのは戦争じゃない。政府に皆の自由を求めて訴えることだ。それだけは忘れないように」

 その時、チャイムが鳴った。一瞬三人の顔がこわばった。

「多分、一階の友達だ」俺はそういってドアを開けた。立っていたのはバッポーではなかった。

 そこにはスーツを着た見知らぬ二人の男が立っていた。そのうちの一人が内ポケットから黒い手帳を取り出し俺に見せた。-秘密警察だー俺は全身から血の気が引くのを感じた。

 その次の瞬間だった。一階の外で激しく爆裂する爆竹の音がした。そして二階に向けて空気銃が二発撃たれた。二人の秘密警察の男はすぐさま一階に駆け下りた。俺が下を見ると若い二人の男が大通りの方角に逃げていくのが見えた。そのうちの一人は間違いなくバッポーだった。

「彼はなぜこんなことを・・・」俺は我を取り戻すと、すぐに部屋にいた三人を外に出した。



 彼のいる部屋は真っ暗で人がいる気配は全くない。

 あれから五日が過ぎていた。俺はいいようのない不安に駆られていた。彼は秘密警察に捕えられてしまったのか。それとも逃げ切ってどこかに潜伏しているのか。そしてわからないのはあの時、彼がなぜあのような行動をしたのかということだった。常日頃から俺のことを兄のように慕っていた彼のまだあどけなさが残る笑顔が脳裏に浮かんだ。だが今の俺にいったい何が出来るというのだ。どうにもならない焦りだけが募っていった。

 それから数日後のことだった。携帯に副総統からメールが入っていた。

 明日の夜、会いたいとのことだった。指定場所は赤坂の高級料亭山河亭となっていた。

 翌日、俺は指定された午後七時前に山河亭にいた。これは罠かもしれないという不安は拭い切れなかったが、バッポー副総統にもう一度会いたいという気持ちがことのほか強かった。

 仲居に案内されて座敷に入ると、副総統の他に高齢の男性が一人座っていた。

「忙しいのに呼び出して申し訳ない。まあ座りなさい」副総統が落ち着いた口調でいう。

「はい、失礼します」俺は二人の正面の席に座った。

「実はこの方が総統の亀井さんだ」

 副総統に紹介されて俺は一瞬身構えた。

「岡裕次郎と申します」

「亀井正吉です。君のことは副総統に聞いてますよ。日頃から飛龍にご尽力いただき感謝しております」

「いえ、私など何も・・・」あまりに腰の低い総統の態度に俺は恐縮してしまった。

「総統は地区統括以外の人間とは滅多に会わないんだが、どうしても君には一度会っておきたいといわれてね」副総統が今日呼び出した理由を説明した。

「岡君、私がこの組織を立ち上げるきっかけとなったのは私が若い頃に出会ったある人物の影響が大きかったんだ。その方はまわりの者たちのことばかりを考えて生きているような人間だった。私はその方に真の人の生き方を教わった気がしたんですよ。そしてその方というのが副総統のお爺様であられた。こうして私が副総統と巡り合えたのも何かのご縁ですな」

 そのあたりの経緯はバッポーから聞いていた通りだった。そして総統は静かに語りだした。

「岡君、私は君を将来見込みある若者だと思ったから来ていただいた。もはや我々が決断すべき時は近い。そこで君にもぜひ確認しておきたい。我々の目的は紛争を起こすことではない。お互い話し合いで決着をつけることだ。それは理解してくれているね」

「はい、それはわかっていますが、共産主義者たちに理解を得るのはなかなか困難ではないでしょうか」俺は日頃思っていることを口に出してしまった。

 総統は言葉を続けた。「中国の要人たちも皆が皆今のやりかたに賛同している訳ではないのだよ。指導者の中には新たなる改革を断行しようとする者もいる。上層部にいる宋栄冠氏という人物は優秀でね。世界はひとつになるべきだという考えなんだ。わが飛龍は彼にコンタクトを取ることが出来た」

「その人物は信頼出来るのですか?」

「私は若い頃、中国で彼の祖父である宋栄達という人に会ったことがある。その人は中国で有数の実業家でね。長い間日本でも事業を行っていたんだよ。彼は国や民族という垣根を完全に取り払った考え方でね。人間は皆平等で協力しあうべきものだと言っておられた。その孫であられる栄冠氏もまったく同じ考えなんだよ。私は近いうちに君に栄冠氏と会ってもらいたいと思っているんだよ」

 俺はその時、総統から聞いた宋栄達という名に非常に強い親近感を感じた。この人物のことはもうすでによく承知しているのだ。

 だがそんなことより今の俺はバッポーの父親である副総統を前にしてもうこれ以上黙っていられなかった。

「副総統、実は息子さんのことですが・・・」俺がそう言いかけると、副総統はすべて承知という顔で語り始めた。

「わかっています。息子は今、拘置所に入れられています。でも岡君の責任ではないんですよ。息子は覚悟を決めて行動を起こしたんです」

「何か彼を救い出す有効な手立てはないんでしょうか?」

「息子は必ず救い出します。でも今はその時期ではありません。息子は言っていました。最近、兄貴のような友達が出来たと。その友達は大きな志を持って世の中を変えようとしているのだと。そして自分も少しでもその友達の役に立ちたいのだと」

 副総統は落ち着いていた。しかし俺は気が気ではなかった。彼は捕えられてひどい拷問を受けているのではないか。耐えられない苦痛にのたうっているのではないか。そう思うと居ても立ってもいられない気持ちだった。だからといって今の俺にはどうすることも出来ない。それが歯がゆかった。

「だからこそ今われわれが民主主義を取り戻すために立ち上がるのです。民衆たちはわれわれの訴えに必ず共感する筈です」総統は静かに語った。そしてそれはそうなることを確信している目だった。俺は副総統の顔をしっかりと見た。

「必ず自由を取り戻すために戦い抜きましょう。今度こそ。恵理さんの意志のためにも」無意識にそう語りかけていた。

「やはり・・あなたで間違いはなかった。やりましょう」そういう副総統の目は涙で潤んでいた。

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