第三章

 いよいよ行動を起こす日時も決まり、われわれメンバーは皆それなりの覚悟を決めていた。

 第三区もやっと二十人を超える数になっていた。俺はリーダーということで皆をひとつにまとめていかねばならない。そして上層部との意思伝達も密にしなければならない。責任は重大だった。

 今まで毎週火曜日の午後九時がアジトの集合日であったが、これからは曜日は不規則の週二日とした。用心に越したことはないからだ。

「いよいよ決行日時が来月の十日になった。自由のために立ち上がる日が来たんだ。みんな覚悟は出来てるな」俺は皆に再確認する。その日集まった十五人は迷わず首を縦に振った。

「それから目黒さん、君は僕と来月七日秩父に行ってもらいたい」

「いよいよアメリカも動いてくれるのね。これで百人力だわ」

「だが、今の段階でアメリカの意向がはっきりしたわけじゃない。その確認が先決だ。只、この機会に皆に言っておく。われわれの目的は戦争をすることではない。権力者たちに訴えるのだ。自由を得るために。従って人を傷つける行為や破壊行為は一切許されない」

 俺は明言した。われわれのクーデターは紛争ではない。話し合いをすることだ。そして今や国民の大半もわれわれの主張に賛同するようになっている。俺たちの熱意があれば必ず成功する筈だ。

 集会を終えた後、俺と菅原、住川、目黒の古株四人はアジトに居残っていた。

「初っ端からリーダーの貫禄満点だな」住川が茶化す。

「俺だって必死なんだぜ。みんな協力たのむよ」

「俺が頼りなかったばっかしに岡君に負担を負わせて申し訳ないと思っている」菅原が元気なくいう。

 その時だった。表のドアをノックする者がいた。

 住川が急いで部屋の明かりをすべて消す。

「今のノック二回だったわよ」目黒が小声でいう。皆、息を潜めていた。

 しばらくするとまた二回ノックする音がした。俺たちは只、時間が過ぎるのを待った。

 どのくらい経っただろうか。住川が音を立てずに表のドアに近づき様子を確かめると人影は去ったようであった。

「ここも秘密警察に嗅ぎつけられたのよ。リーダー、どうするの?」

「だけど必ずしも秘密警察とは限らないんじゃないか」菅原がいう。

「こんな時間にこんな所に誰が来るっていうのよ。もう十一時よ」目黒が声を荒げる。

「誰かが地雷を踏んじまったのかもな」住川がポツリという。

「私は職場で飛龍のことを喋ったことすらないわよ」

「僕も同じだ」目黒と菅原がいう。

「よし、来月までこのアジトは閉鎖する。集会は俺のマンションの部屋を使おう。但し集まるのはこの四人だ。あとの者たちへの連絡は携帯を使って行う。皆、各々の携帯の管理だけは抜かりないように」俺はこれからの方針をそのように決めた。

 この四人の身近にスパイが存在している。そんなこと考えたくはないが事実のようだ。俺は自分が人間不信に陥りそうで不安だった。



 最近は留美の部屋に週五日は入り浸るようになっていた。

 それほど俺は家庭の温かさに憧れていたのだろう。そして家族の愛に飢えていたのだ。

 彼女への愛情は決して上っ面だけのものではない。それは彼女も同じだと確信していた。

 ある日、俺は彼女にシャンのバイトを辞めてほしいと頼んだ。だが、田舎にいる母親への仕送りもあるので今は無理だという。俺は彼女の母親を呼んで三人で暮らしてもいいとまで言ったが返事は待ってくれということだった。

 それでも彼女といっしょにいる時が唯一の安らぎの時間だった。

「ねえ、今度の金曜日、昼も夜も仕事お休みなの。一度、裕さんのマンションに行ってみたいなあ」

「来たって散らかってるし何もないぜ」

「それじゃ、私が綺麗にお掃除してあげる。それから美味しいもの作ってあげる」

 そういわれて仕方なくその日は有給休暇を取り、彼女と俺のマンションの部屋で過ごすことにした。

「汚いだろ。入れよ」俺は彼女を部屋に入れた。

「男の人ってこんなもんでしょ。さあ、始めるか」そういって彼女は散らかっている物を片付けだした。

「ねえ、今日何食べたい?」

「何でもかまわないよ」

「それじゃ、留美特製のカレーにしようか」

「いいねえ」

 そして俺は彼女が掃除をしている間に夕食の材料の買い出しに行った。

 飛龍のことはまだ彼女には話していない。しかし彼女を百パーセント信頼していた。


 それからまもなくのことだった。日常生活の中で何者かが俺を監視する目を強く意識しだしたのは。それは何も今に始まったことではない。しかし最近になって常に誰かに見張られているという感覚が以前より格段に強くなっていた。これは気のせいや自分の精神的なことが原因ではないという確信はあった。そしてこの変化が留美を部屋に入れた日以降に生じていることにも気づいていた。

 いつしか俺は留美を疑い始めていた。今まで彼女を疑ったことなど一度もなかった。だが組織では初めての人間に心を開いてはならぬ。まず疑ってかかれという鉄則があった。

 俺は住川に相談する決心をした。現在、組織の中で一番信頼出来るのが彼だった。

 俺がカフェで待っていると住川が現れた。

「どうしたの? 急に呼び出したりして」

「すまない。忙しいのに」

「実は留美のことなんだが・・・」

「同棲してるんだろ。結婚するの?」彼は興味ありげな顔で訊く。

「それはまだなんだが、おまえに彼女の素性を調べてもらえないかと思ってな」

「それは結婚のためにか?」

「いや、そうじゃないんだ。彼女は政府系のスパイの疑いがあるんだ」

「なんだって! 何か根拠があるのか?」

「実は彼女を俺の部屋に入れたんだ。その時から俺への監視が強化されたように思う」

「しかしそれだけじゃ・・」

「その日、俺は彼女を部屋に一人にして買い物に出た。携帯も置いていったし、机の引き出しには飛龍に関するものも入っていた」

「彼女が地雷だった・・ってことか」

「もしそうだったとしたら俺はリーダー失格だ。皆にも迷惑をかける」

「よし、わかった。調べてみるよ」

 だが俺は彼女が潔白であることを祈っていた。

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