第三章
俺は留美の部屋のベッドで横になっていた。
時計を見ると午前零時を過ぎていた。「もうそろそろ帰ってくるな」そう言いながら俺は簡単な夜食を作り始めた。
彼女と男女の関係になって一年が経過していた。
彼女の本名は相川留美子。だが俺はずっと彼女を留美と呼び続けた。
パスタが茹で上がると二つの皿に盛りつけ特性のミートソースをかける。彼女はパスタが好物だった。
「今日はやけに遅いな」時計はもう午前一時を指していた。
その時、玄関のドアが開き彼女が帰ってきた。
「ただいま、ういっ」かなり呑んでいる。
「ずいぶん遅かったじゃないか。今日は俺が来る日だとわかってただろ」
「ええ、わかってたわよ。でもお客さんにラーメンご馳走するって誘われてさ」
「客って誰だよ?」その時、俺は多分すごく不機嫌な顔だったと思う。
「田中製作所の社長さんよ」
田中社長はシャンの古くからの常連客だった。彼女を俺の顔を見ていたずらっぽく笑うと、「あら、裕さん、やきもち焼いてくれてるの。うれしい」そういって抱きついてくる。
「酒くせえなあ。今日はもう寝たほうがいいぜ」俺は彼女をベッドに寝かせると上半身裸になって彼女の傍に横たわった。
「なあ、留美、俺たち結婚しないか」そういって彼女の顔を覗き込むともう寝息をたてていた。
俺はあたたかい家庭というものに憧れている。高校を卒業するまで暮らしていた親戚の家は俺にとっては家庭という雰囲気を味わえるような所ではなかった。だからずっと家族を持つことを夢見ていた。だがいざとなるとやはり躊躇してしまう。それは確実に自分の家族を幸せに出来る自信がないからだ。それほどに強い志と目的を俺は持っているのだ。それだけは捨てることは出来ない。目標を成就させる時までは。そしてその戦いの日は刻々と迫っているのだ。
あくる日、俺は菅原から一時間早くアジトに来てほしいと依頼を受けていた。
午後八時前に顔を出すと、菅原以外に見知らぬ男が二人座っていた。
三十代くらいの男は体格がよく武道でもやっていそうな雰囲気だった。もう一人の五十代くらいの男は平凡で人のよさそうな顔つきだ。
菅原は五十代の男の方から俺に紹介した。
「こちらはバッポー副総統です」
俺は度肝を抜かれて言葉に詰まった。これが彼の親父さんか・・・
「副総統のバッポーです。よろしく」
「あ、はい。岡と申します。よろしくお願いします」
そして三十代の男の方は関東の地区総統で根岸純一と名乗った。
「実は君たち二人を前もって呼んだのは関東クーデターを起こすことが決まったからだ。日時は来月十日だ」
根岸の言葉に菅原が、「他は人数が集まったんですね?」と訊く。
「ああ、そうだ。この三区はいまいちだが他区はそれなりに頑張っているんだ」
菅原は意気消沈して下を向いていた。
「それと岡君、君には埼玉に行ってもらいたいと思っている」
「電波中継基地ですか?」
「そうだ。いよいよアメリカと交信を試みる。今、アメリカは情勢がかなり変化しているようだ」
俺たちの同志は半年前に極秘で埼玉秩父の山間部にある電波中継基地の復旧作業を終えていた。そして俺は根岸に尋ねた。
「アメリカはまたアジアに介入する気になったってことですか?」
「詳しくはまだわからんが、どうやらすごいAIを開発したとの情報があるんだ」
「AIって人工知能のことですよね」
「そうだ。われわれの知らぬ間に軍事力を著しく増大させたんだ」
「でも全面的な戦争になる可能性もあるんじゃないですか?」
「それは今の段階では何とも言えない。しかしわれわれにとって一番得策なのがアメリカと手を結ぶことなんだ」
だが俺はその時、未来に悪い予感を感じずにいられなかった。
その後、俺は副総統に呼ばれて別室に入った。そして向かい合わせに座った。
副総統は、「君にこれから第三区のリーダーを務めてもらいたいと思っているんだがどうかね?」と切り出した。
「はあ? でも菅原さんがおられるんじゃ・・・」
「菅原君はもう了解済みだ。というより彼の方からそうしてほしいと願い出たんだ」
俺はすぐに了承出来なかったが、断る理由もなかったので最終的にОKした。
「岡君、僕はやっと君に巡り会えた気がするんだよ。いや、君みたいな若者を待っていたんだ。これから共に頑張っていこう」そして右手を前に差し出した。
「はい、よろしくお願いします」俺は彼の手を握った。その時だった。体の中から異様な感覚が湧き上がったのは・・この人は同志だったのだ。何十年も昔から・・
バッポー、やっと会えた。今度こそ二人で志を貫こう。
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