第ニ章
翌日、私は八時前には事務所に入っていた。
床の掃除を終わらせると机の上を整理し丁寧に雑巾がけをした。やがて八時半を過ぎ、山本秘書が出勤してきた。
「おはようございます。お嬢さん、お体はもう大丈夫ですか?」
「はい、この度はご心配おかけして申し訳ありませんでした。また今日からよろしくお願いします」
「そう、それはよかった。でもまだ残暑きびしいから気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
そして九時五分前になり坂口が駆け込んできた。
「おはようございます。あー間にあった。今朝は寝過ごしちゃって・・」
「坂口さん、おはようございます。いろいろご迷惑おかけしました」
「これは上村さん、今日からまた再起ですね」
「はい、またよろしくお願いします」
そして二人とも自分の机の席についた。
「うひょ、今日は事務所見違えるくらい綺麗じゃん」
「みなさんにご迷惑おかけしたお詫びです」私はコップに入れた麦茶を出しながら言った。
「それでね、上村さんには当分の間、事務所の中だけで仕事をしてもらうことになりました。坂口君、よろしいですね」山本がいうと坂口は、
「了解。任せておいてくださいって」と快く了承してくれた。
それからしばらくは私は雑用と電話対応が主な仕事となった。それまでと違うことは父光三の意向で政治団体の収支報告書のチェックを私にさせたいということだった。
政治家にとってこれは己の政治生命を左右するほど重要なものなのである。ところが当の政治家は細心の注意を払ってこれをチェックしていない。秘書任せにしているのである。
収支報告書は入った金と使った金が正直にありのままに記載さえされていれば何ら問題はないのである。ところがそれが出来ていないことが多い。そして不手際を対抗勢力派につかまれ、政治家生命を絶たれるというお粗末な結果になった政治家が今まで何人もいたのは周知のとおりである。
父は会計責任者を二名雇っており荒川区に小さな事務所を構えていた。
ここで毎年収支報告書が作成され提出していた。今までは山本秘書がこれを最終チェックしていた。
祖父源次郎の時代に不手際を見て見ぬふりをすることの自責の念と葛藤におおいに苦しんだとその頃の心境を話してくれた。山本はこれまでに何度も辞表を書いたと言っていた。その度に思いとどまり今日まで働いてきてくれたのだった。
その日、山本は荒川区の事務所から政治団体の金の収支に関する帳簿類と預金通帳のコピーを持って帰ってきた。そしてそれを私に手渡すと、
「まだ今期は途中なんですが、これまでの資料です。これを基に十二月末で締めて収支報告書を作成し翌年三月に選挙管理委員会に提出することになっています」
「はい、どうも」私はそれを受け取った。その資料を見ると読みやすい字で適用項目と金額が記帳されている。
「基本的にお嬢さんが目を通されて不審に思うことが何もなければそれでいいんです。もし何かおかしいと思うことやわからないことがあれば荒川事務所の下地さんに聞いてください」
下地という女性は年齢は四十過ぎで会計責任者として十年働いていた。公認会計士の資格を持っているということで十年前に父が採用していたのだ。
「お爺様はワンマンな方でした。私たち秘書の意見など聞く耳をお持ちではありませんせした。でもお嬢さんは議員の娘さんです。なにも遠慮することはありません」
「はあ・・それはそうですけど」
「人はね、高い地位に就くと欲が出てきます。そして金という麻薬に麻痺して善悪の区別もつかなくなってしまうんです。お父様が道を外れないようにサポートするのがお嬢さんのこれからの役目です」
政治家が不正に手を染めるなんて絶対に許せることではない。この国をよい国に変える為、国民に選ばれた者がそのようなことで志など貫ける筈はないのだ。
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