第ニ章

 最近になって有権者たちが日頃どのように考え生活する上で何が不満でどのような政治を望んでいるのかということがかなり分かるようになってきた。

 今の日本は少子高齢化が著しい。これは深刻な問題だ。現在の社会保障制度では比較的高齢者は優遇されている。しかし若い世代はどうだろうか。私が生まれた年に男女雇用機会均等法が制定され、女性が多く社会に出て働くようになった。しかしそれで皆が安心して子供を産んで育てるという環境は整っているだろうか。女性たちは第一線で仕事をするようになってからは仕事が第一と考えるようになり、結婚とか子育てのことは二の次、というか仕事をするだけで大変なのになぜこの上そんな苦労を負わなければならないのか。と考えるであろう。私はまず、若い女性たちに子供を産み育てることの価値を見出させ、そして仕事をすることは男女が平等なのだから子育ても平等にしなければならないと考えている。とにかく今、何らかの手を打たなければさらに少子化が進むのは目に見えている。

 それまで漠然と議員になることを目的にしていた自分がこれからどの分野にどのような方法でメスを入れていけばいいのか、薄っすらと見えてきた気がした。

 私は母、頼子が会長を務める紅会の行事にも度々顔出しをした。

 この会のメンバーの大半は中高年のご婦人方であるが、多くは小さい子供の子育てに紛争する息子、娘がいた。まだ孫がいない人も早く孫の顔が見たいと願っているのも紛れもない事実であった。安心できる老後も大きな課題ではあるが、子育て世代への支援対策にも大きな関心が寄せられている。

 私は会員たちと親しくさせてもらっていろいろな話や意見を聞かせてもらった。そして今からそれらのデータを集めていった。


 事務所に帰ったのは午後九時を過ぎていた。

 まだ明かりが点いていた。「ただいま帰りました」そういって私は事務所に入った。

「お帰りなさい。ずいぶん遅かったですね」山本は一人で会議の資料作りをしていた。

「山本さん、おうち大変でしょう。私で出来ることならやっておきますので帰ってくださいね」

「ありがとうございます。でも、これは政策担当秘書の仕事ですから」

「ほんとうにご苦労さまです。それじゃ、今晩は私もお付き合いしますよ。コーヒー入れますね」私はすばやくコーヒーカップにインスタントコーヒーを入れポットの湯を注いだ。

「試験勉強の方は捗ってますか?」

「けっこう難関ですよね。でも頑張ります。来年は絶対に合格してみせます」

「お嬢さんなら大丈夫。合格します。そしたら私は引退ですね」

「そんなこと言わないでくださいよ。山本さんまだまだ頼りにしてるんですから」

 私はコーヒーを一口飲んだ。そしてその時、常日頃抱いていたある疑念をはっきりさせたいという気持ちに駆られた。山本は若い時から祖父源次郎の秘書として仕えていた。私が気になっていたのは祖父が財界の要人たちと深い関わりがあったらしいという事だ。とくに大川商事の会長との関係はよくない噂として耳に入っていた。

「大川商事の会長さんが言ってたけどお爺ちゃんには大変世話になったって・・それって賄賂とか裏金が関係しているのかしら」私は勇気を出して切り出した。たとえそれがパンドラの箱であっても開けずに先に進むことは到底出来ないことであった。

 山本は真剣な面持ちで黙っていたが、ゆっくり話し始めた。

「お爺さまは確かに自己顕示欲が強く、人並み外れた向上心をお持ちの方でした。そして政治に対する熱い志も。私たちにも厳しい方でしたが自分にも厳しかったと思います。世の中はね、人の上に立つようになると綺麗ごとだけで済まないこともあるんです」

「人の上に立つからこそ皆に堂々と胸を張って歩く姿を見せなきゃならないんじゃないかしら」

 そういう私に山本は微笑むと、「そうですね。お嬢さんの言われる通りだと思いますよ。只、お爺様と大川会長はお互いに似たところがあると認識されたみたいですね。当時、会長が社長として会社を切り盛りしていた頃、商社というのは海外からの権利を取得するための入札が多かった様子でお爺様が便宜を図られていたようです」

 私は次の言葉が出なかった。小学生の時に亡くなった祖父は、いつ思い出しても私には優しい祖父だった。うつむいている私に山本は、

「でも、お父様の代になってからはそのような事はございません。今は後援企業のひとつに過ぎません」

「そうですか」私は何とか気を取り直した。

「政治家であれ何であれ大きな志を持って偉業を成し遂げようとするには多くの人を動かす力がなければならない。人を動かすのに一番効果があるのが悲しきかな金なんですよ」山本は悟りきっているかのように言った。

 私は世の中をまだまだ知らない。だがこの先、人のしがらみ、エゴ、そして多くの汚れたものと遭遇していかなければならないのだと覚悟を決めていた。

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