第ニ章

 五月に入りゴールデンウイークになった。

 なんとか五日に休みがとれた私は久しぶりに裕子と会った。待ち合わせ場所の喫茶店で待っていると裕子が現れた。

「よおっ、久しぶり。仕事はどう?」

「うん、今は雑用ばかり。それがけっこう忙しいんだ」

「私も同じだよ。先輩の後について走り回ってる。

「でも、社会人になるって大変なことだなあってつくづく感じたなあ。今まで自分が世間知らずのお嬢さんだったって」

「ま、みんなそういうもんよ。私もね、仕事はそれなりにきついんだけど、彼といる時が癒しのひとときで疲れなんてふっ飛ばしてくれるのよ。

「ええっ! それじゃ裕子、西岡君と続いてるんだ」

 私は驚いた。彼は確かに話題は豊富でおもしろい人間だがハンサムとはいえない。

「裕子、ああいうのがタイプだったんだ」

「彼って包容力あるしねえ。いっしょに居ても退屈しないのよねえ。ところで恵理は彼氏まだ出来ないの?」

「それはそれはご心配お掛けして悪うございました」

「だけど、女の方もある程度積極的にならなくちゃ。ほら、恵理のところの事務所に若いイケメンの秘書さんいたじゃない」

「そういう感情はないから」

「やっぱり恵理は理想が高すぎるんだよ。それじゃ一生結婚出来ないぞ」

「結婚なんて全く考えてないわ。今は仕事のことで頭がいっぱいだし・・・」

「私はね、一旦仕事に就いたけれど、これからの成り行き次第では結婚してもいいかなあなんて思ってる。女は結婚して子供産んで円満な家庭を築くという選択肢もあるんだから」

「それじゃ、仕事に本気出ないじゃん」

「今の世の中、女性にそれ程期待してないわよ」

「そうかしらねえ」

 私は裕子の考えには賛同出来なかった。今は男女平等の時代である。女性も男性以上の仕事をすることが出来る。こんなチャンスを逃す手はない。誰が何と言おうが私は自分の決めた道を進む。そして夢を実現させるんだ。


 仕事に就いて三か月が経った。私は山本秘書が多忙な折は代理で外に出ることも多くなっていた。主な行先は各後援会の催しやパーティ、後援財界人たちの冠婚葬祭等、何時何があるかわからない。かなりハードな仕事だ。それでも仕事を終えると、深夜遅くまで政策担当秘書資格試験のための勉強もした。私は中学、高校と部活でテニスをやっていたので体力にはそれなりの自信はあった。公設秘書は国民から徴収する税金から給料を貰うのだから何としても頑張らねばならない。

 その日も私は朝六時に起きて朝食を取っていた。

「おはよう。今日も早いのね。昨夜はずいぶん遅くまで頑張ってたようね。体は大丈夫?」頼子が心配する。

「大丈夫。私の体は筋金入りよ。テニスで鍛えてるんだから」

「そう、でも無理はしないでね」

「はーい。あ、多紀さん、栄養ドリンクもらえる?」

 朝食を終えかけた頃、父光三が起きてきた。

「あら、パパおはよう。今日は早いのね」

「おはよう。今日は朝から議員会館で政策会議があるんだよ。あ、そうだ。これは恵理にも言っておこう」

「何かしら?」

「実はこの前にお会いした大川商事の会長の奥様が危ないらしいんだ」

「まあ、ご病気かしら?」頼子が興味本位な顔で訊く。

「癌だそうだ。長らく闘病生活を送っていたそうだが、あと一か月もつかどうからしい。そこでもしもの時は恵理に私の代理として弔問してもらおうかと思っている」

「私でいいの?」

「山本君の同居しているお母さんの具合があまりよくないそうだ。そこで少し配慮してやろうと思ってね。何せ彼は三十年もうちで働いてくれているんだから」

「そうだね。でも秘書も大変だなあってつくづく思うよ。冠婚葬祭はもう二度も出席してるんだから」

「とにかく頑張ってくれよ。パパは恵理に期待してるんだからな」

「あら、あなた。そんな無責任なこと言って・・恵理がオールドミスになったらどうするのよ」頼子が口を挿む。

「大丈夫よママ。私は自分が気に入った人がいたらさっさと結婚するわよ。但し、私も仕事を続けるという条件でね」

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