第ニ章

 その日の夕食は珍しく家族三人が揃った。

「何日ぶりかねえ。こうしてパパとママといっしょにご飯食べるの」

「そうだな。恵理もあとわずかで社会人なんだぞ。覚悟は出来てるだろうな」

「わかってます。今日、事務所に行ってきたんだけれど、山本さんも大変そうだなあって思った。誰かに電話ですごく怒られてたみたい」

「おそらくクレーム電話だ。一日に何本かはかかってくる」

「へえー、毎日かかってくるの?」

「クレーム対応も秘書の立派な仕事だ。逃げちゃだめなんだぞ」

「はーい」私は少しうんざりした。

「あ、それから親父の十三回忌なんだが、段取りは出来ているか?」

「はい、三月三十日に大幸寺さんにお願いしてあります。お料理は寿屋さんに頼んでますわ」

「そうか、今回も親戚一同以外に政財界からも何人か来ると思うから接待は抜かりなく頼んだよ」

 母、頼子はそのあたりの段取りはテキパキと出来る女性であった。

「おそらく徳田自動車の社長と大川商事の会長の二人は必ず来るだろう。親父が生前ずいぶん親しい付き合いだったからなあ」

「大川商事ってあの大手商社の?」私は父に訊いていた。

「ああ、そうだよ。あそこは先代が会社を作り上げて今の会長は二代目なんだが、なかなかのやり手でね。会社があそこまで成長したのは会長の尽力なんだ。現在、息子に社長を任せているが実のところ今でも会長が権限を持ってすべてに采配を振るっているそうだ」

「でも、どうしてお爺ちゃんがそんな大手商社の会長さんと親しかったわけ?」

 私のこの質問に二人は一瞬口を噤んだ。

 そして父は、「ま、世の中にはいろいろあるんだよ。おまえにもわかる時が来る」そう言っただけだった。



 三月三十日、祖父源次郎の十三回忌は恙無くとり行われた。

 父が言ってたように政界から数名と経済界からは徳田自動車の社長と大川商事の会長の二名が訪れていた。

 徳田自動車の現会長は最近、体調を崩しており入院中につき息子である徳田和夫が代行で来たのである。年齢は五十代半ばでいかにもインテリの感じがする。

 大川商事の会長、大川正道は年齢八十前。髪は真っ白で眼鏡をかけており、恰幅のいい老人である。

 やがて法要が終わり、お斎の時間となった。

 しばらくすると父は私を外部の弔問客らに紹介して回った。そして徳田和夫と大川正道の座っている席に私をつれていった。

「これはこれは大川会長に徳田社長、お忙しい中をご足労頂き恐縮です」父が挨拶する。

「徳田会長のお加減はいかがでしょう?」

「はい、ありがとうございます。ここ最近、血圧が高くて・・父は動脈硬化ですからねえ」

「そうですか。私も一度お見舞いにお伺いさせていただきます。それにしても大川会長は相変わらずお元気でいらっしゃる」

「ハハハ・・わしはそれだけが取り柄ですわ。一度徳田会長のところにお見舞いにいかにゃなりませんなあ。同期ですからなあ。それにしても徳田さんのところはこんな優秀な跡取りさんがいらして羨ましい限りですわ。うちなんぞまだまだ頼りのうて・・わしはまだまだ死ねませんわ」

 そして場を見計らって父は二人に私を紹介した。

「実はこれが一人娘の恵理でございます。この春大学を卒業いたしまして来月から私のところで秘書見習いとして働くことになっております」

「上村恵理でございます。どうぞよろしくお願いいたします」私はそれだけ言うので精一杯だった。

「ほう、なかなかチャーミングなお嬢さんですな。大川正道です。あなたのお爺様には大変世話になりましてなあ」

 私はこの時、大川正道氏になぜか言い知れぬ親近感を覚えた。なんだろう。この感覚は。まるで久しぶりに愛する家族に巡り会えたような・・・

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