第一章
三か月が経った。窓から見える桜の木も花が五分咲きになり、外は春本番を迎えようとしていた。
そんなある日、思いがけない見舞客があった。それは甥の猛であった。
彼は戦後、復員してすぐに静岡から東京に出て電化製品のメーカーで働いていたが、二十年前に父竜一が亡くなり、妻と子供一人を連れて静岡に戻り農家の跡を継いでいた。そして七年前には母親も亡くなっていた。母親は猛が戻ってきたことを殊の外喜んでいたという。
「竜一兄さんの葬儀の時以来だな。元気そうじゃないか」
「ご無沙汰しております。叔父さん、お加減はいかがですか」
「わしはもうお迎えが近いようじゃ。このところめっきり体力が落ちてしまってなあ」
「そんなこと言わず元気だしてください。僕は叔父さんのことを誇りに思ってるんです。一代でこれだけの会社を築き上げたんだから」
「わしなんぞ大したことしとらんよ。只、運がよかっただけさ。それにしても猛くん、よく決心して静岡に戻ってくれたなあ」
「親父もおふくろも俺が跡を継ぐことを心から望んでいたようです。でも親父は黙って俺を東京に行かせてくれた。それなのに孝行する前に逝っちゃって」
「竜一兄さんも天国で喜んでいるじゃろう。猛くんは親孝行じゃ。わしは親不孝ばかりしておったからのう」
「でも叔父さんは若い頃から奉公に出されて働いてきたんでしょう」
「わしは好き勝手に生きてきた。おふくろはわしが帰ることを望んでいたんだと今は思うんだよ」
その時のことを思い出すともっと傍にいてやればよかったと後悔の念に駆られる。猛の帰り間際に、「ほんとうにありがとう」と礼を言わずにはいられなかった。
五月になり私はさらに衰弱していった。
もうベッドに寝たきりの状態で口から食べ物を取る事はほとんど出来ず、栄養注射と点滴で何とか持ちこたえていた。一日の大半を眠って過ごした。そしてよく百合子の夢を見た。目覚めると毎回、「もうすぐおまえの傍に行くからな」そう呟いていた。
病院は完全看護であるが、嫁の恵子は度々私の世話をしに訪れた。
私にとっては有難いことなのだが、その裏に私の所有する財産のことも頭にあるようだった。そんな空気を感じていたのだ。
その日も恵子は病室に来ていた。私は眠ってはいなかったが、目をつむって寝たふりをしていた。
誰かがドアをノックする。恵子がドアを開けた。
「あら、敦子さんじゃないの。わざわざ横浜からいらして下さったの」
「お姉さん、ご無沙汰しています。お姉さんにばかりお父様のお世話を押し付けてほんとうに申し訳ないと思ってるんです。パートもなんとか休みもらえたんでお手伝いに来たんですよ」
敦子は洋蔵の嫁である。一男一女の二人の子供を育てるため、洋蔵の稼ぎだけではままならず、自分も長年パートで働いて家計を支えてきたのであった。
「それでお父様は?」
「今よく眠っていらっしゃるわ。でもこのところ衰弱がひどくて」
「で、どうなの。正直なところ具合は?」
「主治医の先生はもういつ何があってもおかしくない状態だって。それなりの覚悟は決めておいてくださいって言われてるわ」
「そう・・・」それから少しの間、沈黙があり敦子は意を決して切り出した。
「お姉さんは何かご存じ? 遺言書のこととか」
「いえ、私は何も・・・」
「あら、そうなの。会社の経営権はお兄さんが跡を継がれているのでそれでよしとして・・只、お父様は私的に不動産、有価証券、預金などをかなり持っておられると思うのね。それらの相続の問題があるのよ」
「今のところ主人からは聞いてないわね」
「それじゃ、お父様の意識がはっきりしているうちに遺言書を書いてもらったらどうかしら。弁護士さんに立ち会ってもらったらすぐに作成できるそうよ」
「そうねえ・・」恵子は上流階級の家庭の出で控えめでおとなしい性格だが敦子は強欲であった。そんな敦子の本性をあからさまに見せつけられ、恵子が用心深くなってきている様子がうかがえる。
「それにしてもお姉さんが羨ましいわ。お兄さんは商売の才覚をお持ちで会社はどんどん発展しているし。それに比べたらうちなんか・・・どうして同じ兄弟でこうも違うのかしらねえ」
「あら、洋蔵さんだって作家として立派にやってるじゃないの」
「いやいや、所詮三流作家。おまけに友人と出版社なんか作ったもんだからその経営も青色吐息で・・うちは高校生と中学生の子供が二人いてこれからお金がかかるのにねえ」
「あら、そうなの」
「でね、会社の方はお兄さんが全面的に受け継がれるわけだから、お父様の私的財産の相続に関してはうちの人に少し優遇してもらえると有難いわけよね」
「ま、そのことに関しては主人と洋蔵さんを含めた四人でゆっくり相談しましょうよ」恵子はこうして敦子の攻勢をかわした。
私はそのことに関しては十分に手を打ってあった。自分の子供や孫のことをまったく考えていないなどということはあり得ないからである。
六月に入ると私は危篤状態に陥った。心臓もかなり弱っていた。自分で呼吸する力も衰え、人工呼吸器をつけられた。私はそんなことをしてほしくないのだが・・・
六月九日の午後、ベッドの横には主治医と看護婦、そしてまわりを正道、洋蔵、恵子、敦子、それに四人の孫たちが囲んでいた。
私はうっすらと目を開け、皆の顔を見た。-わしは旅立つよ。皆に幸あれー
そして私は安らかに深い眠りについた。だが、まったく心残りなことがなかったわけではない。以前に遺言書を作成して弁護士に委託し、私の死後開封するように頼んであった。私の私的財産の処分方法。それと二人の息子にあてたメッセージを同封しておいた。
メッセージ
正道、おまえは私には出来過ぎた息子だ。ほんとうによくやってくれた。感謝している。只、おまえには私が過去のあやまちで作った傷を背負うような人生を歩んでほしくない。堂々とした生き方をしてほしいと思っている。
洋蔵、おまえはほんとうにやさしい子だ。人の愛や悲しみを文章で立派に表現できる力があると私は思っている。だから負けるな。挫折するな。自分の決めた道を突き進め。おまえなら必ず出来ると私は信じている。
私の私的財産の処理
保有する不動産、有価証券、預金すべてを千葉にいるバッポーに相続させるものとする。
私がなぜこのような遺言書を残したのか。それは親族皆に私がどうしてこのような行為をしたのかということを今一度、立ち止まってじっくりと考えてほしかったからである。
そしてバッポーは一も二もなくこの相続権を放棄することがわかっていたから。
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