第一章

 その夜、私はバッポーの部屋を訪ねていた。

「勤務時間外で申し訳ないんだが、今から宋さんの家へ行ってもらえないか」

 私はバッポーの運転する車で宋氏の自宅に向かった。

 宋氏の自宅着くと呼び鈴を鳴らした。しばらくして宋氏が門の所まで出て来た。

そして門の扉を開けたと同時に私は宋氏の前で土下座した。そうせずにはいられなかったのだ。

「宋さん! 許してくれ。この通りだ。好きなだけ蹴ってくれ。気が済むまで殴ってくれ」そういうと私は涙が溢れ出た。

「大川さん、立ってください」宋氏はやさしく私を抱え上げた。

「これでよかったんです。私にも愛する家族がいます。家族にいい思いをさせてやりたかった。最初は間が差しただけだったのにズルズルと・・私が悪いんです」

「宋さん、どうか正道のことを恨まんでやってくれ」

「正道くんは私の若い時に似ている。私も若い頃はがむしゃらに突き進んでいた。でも歳を取ると守りに徹してしまう。これからの時代の経営者は正道くんのような人物が最適だと思いますよ」

「宋さん・・・」

「私はね、嬉しんんですよ。大川さんと作った会社がこれ程大きく成長して。そしてこれからも安泰です」

 私は宋氏の両手をぎゅっと握りしめた。

「宋さん、今まですばらしい夢を見させてくれてほんとうにありがとう」

「私こそ大川さんのおかげでいい人生を歩むことが出来ました。こちらこそありがとう」

「いつまでもお元気で」

「大川さんもお元気で。会社の益々の発展を心から願ってます」

 そしてこれ以降の私の人生で宋氏とふたたび顔を合わせることはなかったのである。


 私は帰り道、意気消沈し最悪の気分であった。

「竜ちゃん、あんまり落ち込むなよ。仕方ないよ」バッポーが慰めてくれる。

「自分が何も出来ないのが情けないよ。宋さんを助けることすら・・・」

 バッポーは黙っていた。

「ほんとうにこれでよかったのかなあ」

「俺はこれでよかったと思うよ。宋さんはこうなることを望んでいたんだと思う。だから後悔はしていないんだよ」

「だけど無念だよ」

「竜ちゃんには正道くんという立派な後継者がいるんだ。幸せなんだぞ」

「ああ、そうだな」

 そしてその時、丁稚奉公時代のことが頭の中を過った。

「バッポー、おまえどうしてあの時、俺が商品を横領してたことをご主人に言わなかったんだ?」

「俺が言おうが言うまいが竜ちゃんは一生その罪を背負って生きなきゃならないからさ」

「おまえ・・・考えてみればおまえの方が遥かに人らしい生き方をしているのかもな」

 その時ほど私はバッポーを誇らしい友だと思ったことはなかった。

 その晩、またあの夢を見た。

 毎回行われる儀式が非常に辛い。光溢れる部屋で私は仲間たちに訴えていた。

「もう戻してくれ。連れていってくれと」と。

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