第一章
予想通り綿製品の需要は膨らんでいった。海外からの注文が殺到し会社は忙しくなった。
私は度々アメリカにも出張し商談を重ねた。明らかに日本は景気が上向いていた。会社は綿だけでなく鉄鉱石や石油などこれから需要が見込めそうな資源にも着手しだしていた。
ある晩のことだった。私は自宅で会社の書類整理に追われていた。
「あなた、お客様がいらしたわよ。ほら、以前に一度来られた中国の方」
百合子の呼びかけに私は耳を疑った。そして急いで玄関に駆けていった。
玄関に立っていたのは紛れもない宋氏だった。
「宋さん!」私はそう叫ぶと宋氏に駆け寄り手をぎゅっと握りしめた。
「よく帰ってきてくれました。ほんとによく・・・」そこまで言うと私は涙で言葉に詰まった。
「大川さん、お久しぶりです。戻ってきました」
「ほんとうに・・ほんとうによく戻ってきてくれた」私はしばらくの間、宋氏の手を握ったままでいた。
その晩、私と宋氏は久しぶりに二人で酒を酌み交わした。
「大川さん、私はやりますよ。日本でビジネスを」
「では会社を作るんですね」
「はい、もう準備は出来ています。あとは実行するだけです」
「そうだったんですか。ぜひ私にも協力させてください」
「もちろんです。それで会社の代表を大川さんにやって頂きたいと思ってるんです」
私は驚いた。そして、「私なんか・・・それは宋さんが適任だと思いますよ」
そう返答した。
「私は中国人です。日本の企業としての信用を得るためにも日本人の代表取締役が必要なんです」
「でも私なんかで大丈夫でしょうか」
「肩書はあなたが社長だが、私たち二人で協力してやっていくんですよ」
私は迷ったが結局引き受けることにした。そして今、幼い頃から思い描いていた夢がだんだん現実になろうとしているのを感じていた。
それから三か月後、私は加藤商事を退社し宋氏と大川商事株式会社の設立準備で毎日忙しく動きまわっていた。
新宿に賃貸の建物を借り、ここを本店とした。販売ルートの方は宋氏が中国企業とマレーシア企業に話をつけていた。
私もアメリカ企業何社かは目星をつけていた。とりあえず始めは綿を中心にやっていくことになった。海外からの綿加工品の受注は日に日に増え、発足時から好調であった。
ある日の晩、バッポーを含む家族五人が揃って夕食をとっていた。
正道は日本経済を勉強するために大学に通っていた。
「会社も順調にスタート出来てよかったね。これから日本がどんどん物を作って外国に売る時代が来るね」正道は目を輝かせながらいう。
「そうだな。でも会社経営は闇雲に突っ走るだけじゃダメなんだ。しっかり先を読んでやらなくちゃ」
「父さんは慎重派だな」
「経営する者は慎重でなきゃ。ところでバッポー、おまえうちの会社で働かないか」
バッポーは相変わらず鉄工所で働いていた。しかしもういい歳である。彼の体を気遣って言ったのだった。
「竜ちゃんの気持ちは有難いけど、俺は役に立つ仕事出来ないしな」
「仕事ならおまえに合う仕事を作ってやるよ」
「ありがとう。もう少し考えさせてくれよ」
「わかったよ。ところで洋蔵、出版社の方はどうだ?」
「うん、なんとかやってるよ」
洋蔵は最近、ある出版社に就職していた。
彼は正道と比べると性格はおとなしく無口であった。百合子から聞いたことだが、本人は将来小説家になりたいと考えているようである。
彼は私にはあまり話しかけないが、百合子には自分の本心を打ち明けているようだった。
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