第一章

五年後、朝鮮戦争が勃発した。

軍需は景気を押し上げ、日本は景気がよくなってきた。私は再度加藤社長に綿の輸入の交渉をした。最近の好景気で会社の業績もだいぶ上向いており、今度は社長の了解を得ることが出来た。

そしてインドに発つ前夜のことだった。

「父さんは明日から仕事でインドに行くことになった。正道も洋蔵も留守は頼んだぞ」

「ああ、わかってるよ。今度の仕事はうまくいきそうなの?」

正道も最近は私のビジネスの事にかなり関心を持ってきていた。

「綿加工品はこれから世界で需要が増えると思っている。それが安く買えればまだまだ儲けれる筈だ」

「すごいな。成功したら暮らしだってずっと楽になるし。ねえ、母さん」

「そうねえ、でも体には気をつけてくださいね。あちらは気候だってずいぶん違うし・・・」百合子が気遣う。

「わかってるよ。でも頑張らなくちゃな。バッポーだって港区の鉄工所で夜勤して働いてるんだしな」

「実は父さん、俺、バッポーおじさんの働いている鉄工所で働こうと思ってるんだ。でもいつかは父さんのように商社で仕事がしたいんだけど」

「そうか、おまえが決めたのならそうすればいいさ」

正道も成人し、いつの間にか頼もしくなってきていた。そして世の中も雲の隙間から陽が照らし出すようにだんだんとよくなってきていると実感していた。


グージャ氏は以前同様に私を快く迎えてくれた。

ここ数年、綿花の出来は豊作であった。始めの予想よりかなり安く仕入れが出来そうだ。

その晩、グージャ氏は私を自宅に招待し御馳走してくれた。

両親に奥さんと子供が五人。大家族だがみな仲良くにぎやかな家庭であった。

「ほんとうに久しぶりだなあ。あれから二十年近く経つんですからね」

「ほんと、でもよく来てくれました。うれしいです」

「あの時、いっしょだった宋さんも中国に戻ったきりで今はどうしているんだか」

「宋さんなら三年前に来ましたよ」

「ええっ! ほんとうに」私は驚いた。

「宋さんは元気でしたか?」とっさに尋ねていた。

「ええ、元気そうでしたよ。今は中国で商いをやっておられるそうです。でもいずれは日本で商いをすると言っておられました」

「そうですか」私は俄かに希望の光が差した気がした。宋氏は私との約束を忘れてはいなかったのだ。そして今回のインド出張ではふたつの収穫があったような気がしていた。

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