第一章

その晩、私は母と布団を並べて寝た。

「ところで竜司兄さんから便りはあるの?」

「竜司は今北海道で牧場をやってるずら。嫁さんが北海道の人だで」

「へえ、竜司兄さん立派にやってるんだ」

「なあ、竜蔵、東京は焼け野原でなんもなくなったというじゃ。暮らしも大変じゃろう。なんなら家族でこの家に帰ってきてもええずらよ。竜一にはおらからよく話しとくだーで」

「ありがとう。たしかに今は苦しいけど猛くんが言うようにこれから日本は必ずよくなると俺自身も思う。だから東京で頑張ってみるよ」

「そうか、頑張るか。でも無理すんなよ。体に気いつけてなあ。体にだけは・・・」

母は痩せた手で私の手を握りしめた。

「母さんもいつまでも元気でな。今度帰るときはいっぱい土産もって帰るからな」

その夜、またあの夢を見た。しかし今回はゆりかごに乗せられているような心地よいものだった。私は仲間たちに自分の気持ちをせいいっぱい伝えていた。


翌日、私とバッポーは実家で分けてもらった野菜や米を背中のリュックに詰め込み、両手にも下げて東京行きの汽車に乗った。

「これだけあればしばらく食うのには困らないな。けどいつまでも闇市やってるわけにもいかないし・・・先のこと真剣に考えなくちゃなあ」

「東京に帰ったら俺も働き口探してみるよ。竜ちゃんにこれ以上迷惑かけられないし・・」

「迷惑なんて水臭いこというなよ。ま、何とかなるだろう。俺たち幸運にもこうして生きているんだから。焦らず考えたらいいさ」

「そうだな」

「でもこうしていると思い出すよな。東京に奉公に出された時のことを。あれから四十年近く経ったんだからな。時の経つのって恐ろしく早いもんだと思うよ」

「ほんとだよな。いろいろあったな。辛い事や苦しい事」

「ほんと世の中って思い通りにいかないなあ」

「でも竜ちゃん、今まで辛いことが多かった分絶対にこれからはいいことがあるよ」

「そうかな。そうだといいけど」

私はまたしても彼の屈託のない笑顔と楽観的な性格に気持ちが救われていた。


GHQによって日本の財閥解体が進み、どの企業も商売がしにくくなっていった。

しかし私は以前手懸けた綿はこれからも需要が見込めると読んでいた。解体された大企業もいずれ綿製品を欧米諸国に輸出し始めるだろう。私は加藤社長にもう一度インドに出張させてもらえないかと頼んでいた。しかし、この大戦で体力を失った会社に余裕はなく、承諾がとれなかった。今は国内での商いに専念するというのが会社の方針となっていた。

もうすこしの間辛抱するしかないか・・・とりあえず今は耐えて地道にやっていくしかなさそうだ。だが、夢は大きく膨らんでいった。

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