第一章
その日、私は意を決していた。
七年間勤めてきた四井金物店を辞める意向を大番頭の佐吉に申し出ていた。
理由として田舎の父の具合が思わしくなく人手不足のため帰らねばならないということにしておいた。ここで大番頭を何としても納得させねばならなかったからだ。これ以上ここに居て今までの不正が発覚すれば手が後ろにまわる。それは絶対に避けねばならなかった。
奉公最後の日、私はバッポーと二人きりになっていた。
「竜ちゃん、ほんとにやめちゃうのか。俺、寂しくなるなあ」
「ああ、俺もだよ。でも、おまえはこれからもここで頑張れよな」
「うん、また会えるよな」
「会えるさ。絶対にまた会おうな」
その後、しばらくの間沈黙が続いた。そして彼はボソッと言った。
「実は俺知ってたんだ。竜ちゃんが店の品物を隠してたこと」
私は頭をこん棒で殴られたような衝撃を受けた。お人よしで何も考えず日々を只にこにこして生きているだけと思っていたのに彼はちゃんと見ていたのである。
唖然としている私に彼は、「俺、誰にも言わねえから」という。
「おまえ、金欲しいんか?」
私はとっさに反応した。
「バカ! そんなつもりで言ったんじゃねえよ。俺は竜ちゃんを小さい頃から知ってるんだ。わかるよ。わかるんだよ竜ちゃんの気持ち」
私は次の言葉が出なかった。こいつは何もかもわかってる上で私を咎めようとはしない。いや、同情しているのか。まったくこの人間が理解出来ない。
そして私は覚悟を決めて切り出した。
「おまえ、俺のことご主人や大番頭に報告したってかまわないよ。俺は悪いことをしたんだから罪は償わなくちゃいけないもんな」
「竜ちゃんは将来、でっかい事を成し遂げようという夢があるんだろ。その夢に向かって進んでいってほしいと思ってるんだよ、俺。だから二度とこんな事はしないでほしいんだ」
「おまえなあ、人のことばっかり心配して自分自身のこと、ちょっとは考えろよ」
私はその時、俄かに彼に対するじれったさが怒りの感情となってぶつけた。
「なんでだよ。なんで竜ちゃんのこと心配しちゃだめなんだよ。俺たち幼馴染じゃないか」
彼の目が潤んでいるのがわかった。
「そうだったな。すまなかった。もうこんな真似は二度としない。だからこれからも友達でいような」
そしてバッポーと別れた。だが、彼は私の中で徐々に大きな存在となっていた。
私は時折妙な夢を見る。その時、自分はあらゆる色の光に囲まれた不思議な場所に居るのだ。立っているのか座っているのかそれとも寝ているのか。その感覚がまったくわからないのである。
そして多数の者たちが私に何かを問いかけてくる。それらが人なのか何なのかはわからない。だが、それらの者は私と同種類の存在だということは間違いないのである。そして私は必死に問いに答えようとする。そこで目が覚めるのである。
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